否定の力に酔っているものはほかにもあった。東京警備軍横浜警備隊長の佐々木武雄大尉も、敗北を信ぜず、降伏に肯んじないもののひとりであった。
彼はどんな情報が入ってこようが信じなかった。皇軍の辞書には降伏の二文字なし、そして最後の一兵となるまで戦うのだという絶対の希望のなかに生きていた。算盤で戦争はできないのである。それは強壮な精神力で遂行するものである。しかも中国大陸にはなお帝国陸軍が健在であり、連合軍の捕虜が実に35万、これとの生命交換は連合軍にとって歩が悪いはずではないか。
佐々木大尉のあまりにも強すぎる確信から生れるものは、無条件降伏を策する腰ぬけの総理大臣を筆頭とする重臣どもを抹殺しようという、これも無謀な計画であった。
首相を襲い降伏しようと大尉は思いつめた
彼は鶴見総持寺裏にあった警備隊本部に向った。一個大隊が常備されていた。彼はそれに非常呼集をかけ、武装させ、今夜のうちに首相を襲い降伏を阻止しようと強烈に思いつめた。
3つのグループはたがいに連絡をとることもなく、勝手、勝手な目標をいだいて動きはじめている。火を噴くような意志はひとしかったが、幸いなことに同じ火山帯にはなかったのである。これらがもし一つの糸に結ばれ、大きな戦略のもとに動いていったら、日本の終戦はあるいは……いや、いまはそれを考えているときではない。
文藝春秋
文藝春秋