1ページ目から読む
4/4ページ目

 先生と助産師さんは、「では、感染リスクを下げるために我々は退席しますんで」と言い、そそくさと出ていった。

 医療的にはまったく正しいが、妊婦的には、また気持ちのうえではオールアウトだった。私は再び1人になった。とんでもなく孤独だった。

 打撲から打撃、そして刺傷とあらゆる痛みのバリエーションが全部いっしょくたにやってきたような、痛みの大感謝祭、痛みの年末大セール。これまで散々聞かされてやってきたイメトレとか覚悟とか、あらゆるものをピューンと走り幅跳び的に飛び越えてしまうようなその超越ぶりに思わず笑いそうになるほどの出産の現実が、全方向から私にぶつかり稽古していた。

ADVERTISEMENT

 腹はぱつんぱつんに張り、外へ向かってとめどなく拡張しようとする力と、それを外側から握り潰すように押しとどめる力、その二つの拮抗が引き起こす骨格、内臓、体のあらゆる部位を粉砕するような、どうにもできない衝撃が休むことなく私を翻弄した。よく、陣痛には波があり10分間隔で強くなったり弱くなったりすると聞くが、全っ然そんなことはなく、常にみちみちに隙間なく、息を吸う余裕もないほど全力で痛かった。

 出産前、あえて無痛でなく普通分娩を選んだ私を見て、一児の母である作家の友人は宙の一点を見つめて言った。

「私も物書きとして、出産の痛みを味わっておかなきゃ、と思って通常分娩を選んだんだけどさ」

 遠い目。

「産んだ直後にはもし次があったら絶対無痛にする、って思ったね」

 私は今、心の中で叫んでいた。

「無痛にしてくれぇーーーーっ!!!!!」

 妊娠したばかりの9ヶ月前に戻りたい。

 もし私がタイムマシンを持っていたら、速攻で乗り込み、あの頃の私に会いにゆき「お願いだから無痛にしてくれ。痩せ我慢すんな。現代医療は最高だから」と説得するだろう。これまでの10ヶ月分の苦労をまるっとまとめて束にしても、なおも打ち勝てないほどの痛みが、このわずかの間にすでに起きているのである。

 それからの時間が途方もなく感じられた。

 一分一秒でも早く終わって欲しいという思いと、もうまじで、本当にほんの少しでも2時間以内に終わる可能性があるのなら、できるだけ時間、経って欲しくない、という気持ちがぶつかり合い、しかし、この「一分一秒逃さへんで」という痛みがその2つの隙間を容赦なくぐりぐりと埋め尽くしてゆく。

 先生が戻ってきた。

 先生はNSTを見てふんふん、と頷き、「いい波、来てるね」とサーファーのようなことを言った。

 が、次にさっと股に手を突っ込むと、「うーん」と首を捻った。

「ぜーんぜん、開いてないね」

◆◆◆

 この続きは、発売中の『わっしょい妊婦』(CCCメディアハウス)に収録されています。