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 72時間の猶予が急に5分に!

 気が動転しすぎて判断のしようがなかった。2時間はいくらなんでも短すぎる。せめて助産師が私の部屋で無駄話をしていった分くらいは上乗せして欲しい。

 そもそも、新生児のコロナの感染リスクがどんだけあり、そのうちの何パーセントが命の危機的状況に陥ったのかというデータもないのにそんなこと決められるわけがない。

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 そうだ! 夫! 夫に電話しよう!

 夫なら何かしらの解決策を思いつくかもしれない。そう思い、スマホを取り出した。

 分娩室は圏外だった。私はここが山の中であることをすっかり忘れていた。

 何もかもがダメだった。痛みとパニックと焦りと怒り、それらに翻弄され、何一つ最善の手を打つための策はなく、どうしたら良いかわからなかった。

 わからないけれど、1つだけわかることは、もう私がこの状況で分娩室から出て再び病室に戻る選択肢はないということだった。

 医学的にはまったく筋が通っていると頭ではわかっていても、何一つ納得がゆかず、情緒がついてゆかなかった。私はべつに、言うことを聞くのが嫌なんじゃないのだ。ただ、納得していないまま物事を強制的に進められるのが、大の大の大大だい嫌い! なのだ。

 スタッフのシフト以外に何一つ、今切らないといけないという理由が見当たらず、どんな話し合いによって72時間がたったの2時間になったのか何の説明もないまま腹を切るカウントダウンがなし崩し的にはじまっていることが、ど・う・し・て・も! 嫌なだけなのだ。

 しかし私は今、バレーボールコートにたった一人で放置されている無力な妊婦だった。我々の、何より娘の生殺与奪の権を握っているのはあの先生かもしれず、彼女の言うことに従わずに赤子の命に危険が及ぶとしたら、それこそ本末転倒ではないか。何より、腹が痛すぎてこれ以上考えるのは限界だった。

 先生が戻ってきた。

 私は言った。

「陣痛促進剤を入れてください」

©AFLO

本陣痛と開かずの子宮口

 さっそく点滴が打たれはじめた。数分後、お腹の底のほうから、わっしょい、わっしょいと突き上げられるような痛みが襲ってきた。

「ぎゃあーーーっ!!!」

 私は叫んだ。お腹をムエタイ選手に膝蹴りされながら、360度方向から肉切り包丁でめった刺しにされるような痛みだった。

 M先生がこれまでの痛みを「前駆陣痛に毛が生えたようなもん」と言っていた意味がやっとわかった。「スイカ割り棍棒」はただのアップだし、ムエタイ膝蹴りはただのリハである。この痛みこそが、鼻からスイカとか、指を切断とか、経産婦があらゆる比喩で表現する、正真正銘の「陣痛」なのだった。