「ワシが銭ないの知っとって、飲みに行っとんのやろが!!」
その日の夜、若頭に報告する。
「親分との行動や小物にかかる金、全部ワシなんですけど」
「ああ……大銭とか事務所にかかる経費は全部ワシや。昔から親分、大銭はワシ。小銭は誰かに……、払わすんや。金庫に入る銭は、全部自分の物や思うとるからなあ」
当たり前のようにこんな話をされた。
この時、ワシの親分に対する気持ちは一気に冷めた。ただ、極道の世界やから、色んな形があるんやから……と、自分に言い聞かせて極道生活を続けとった。
と、ある夜のことやった。親分が怒り心頭に発して先輩極道2人を連れて帰ってきたんや。机の前に、2人を正座させて殴りながら……。
「おどれら!! ワシが銭ないの知っとって、飲みに行っとんのやろが!! なんや! コジキとでも思うとんのかボケぃ!!」
ボコボコに殴り倒しとった。
次の日、先輩に話を聞きに行った。昨日、飲みに出て親分とばったり会うてしもたらしい。酒癖の悪い親分は、自分があまり飲みに行けない腹いせに絡んできたという。
ワシは、完全に心が折れてもうた。こんな親分の下に、ワシはおれん。
心底思った。その日の晩やった。
「すみません。明日、指落として組を出ます」
若頭に覚悟を口にした。
「まあ、言いたいことはわかるわ。指、なあ。あ、明日事務所におるん、夜はワシだけや。夜中の1時には寝るわ」
ワシを、この組に誘った若頭の、最後の温情や思うた。
指ィ、落とさんでも、明日の夜1時に飛べやいう合図やった。若頭が、どない思うとったんかは知れんが、ワシが何も告げずにいなくなっとったら、追いかけてきたやろか? ナタの叔父貴はこの話聞いたら、血相変えて追いかけてくるやろか……。親分の独裁ぶりを許容しとった若頭がワシを思うて、組のために指落とす必要はないと、判断したことは確かやとは思うがな。
なんだかあっけなかった気もする。せやけどこうして、次の日にはワシは、若頭に言われた通りの時間に逃げ出し、極道として成長した初めての組を後にするのであった。
「極道に入るきっかけは?」
なんていうことを、よく聞かれる。