ある人がギャンブルへと追い立てられ、依存にまで至ってしまうのはなぜか。長年にわたって医療の現場を歩いてきた染谷一さんが、当事者たちを取材した『ギャンブル依存』(平凡社)より一部を抜粋して紹介する。
結婚して子どもが生まれてからもギャンブルと借金をやめようとしない夫が、激怒する妻に打ち明けた衝撃の事実とは――。(全2回の2回目/前編を読む)
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刹那の欲望が凝縮した競艇場で
自分で稼いだ金が、次々に泡のように消えていく。ギャンブルに無縁な人は「好きでやっているんだから、自業自得でしょ」と侮蔑の表情を向けてくる。違う、好きでやっているんじゃない。ギャンブルなんかつらいだけ。楽しいと思っていたのは、最初だけだった。勝っても、負けても、もう何も感じなくなった。それでも、やめられない。どうしたらいいのかわからない……。
「彼女」がギャンブルの沼に足を踏み入れたのは30歳になってから。「彼」との出会いがきっかけだった。
年下の彼は、仕事熱心で頭が切れるタイプだった。周囲の人を引っ張っていくリーダー的存在で、頼りがいのある真面目な男性であり、ある意味、理想的な恋人だ。そんな彼の数少ないウィークポイントがギャンブル癖だった。
彼女に出会うはるか前、都内の有名私大に在学していたころから、競艇に深くのめり込んでいた。就職活動では、その場に行きさえすれば内定が確実だった一流企業の最終面接の日に、東京・江戸川競艇場で開催される大レースに出向いてしまい、チャンスを棒に振ったほどのギャンブラーだった。「好き」を通り越して、「後先を考えない耽溺(たんでき)ぶり」と言ったほうが適切かもしれない。
つきあい始めて間もなくのデートで、彼女も競艇場に連れて行ってもらった。その日の興奮は今でも鮮明によみがえる。周辺一帯の空気を震わせる爆音とともに、猛スピードのボートが水面を切り裂いていく。そこに詰めかけている観客の関心はレースの展開、それに結果だけ。誰一人として、周囲のことなど気にもとめていない。ほんの少し先にやってくる自分の未来さえ、考えてもいないようだった。
刹那の欲望が凝縮した空間──。そのなかにのみ込まれながら、彼女は不思議な居心地の良さを感じていた。