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「そう、オレは病気だよ」

 夫はそうではなかったようだ。簡単に抜け出せない深い沼に、全身がズブズブに漬かってしまっていた。ある日、打ち明けられた。「隠れて競艇を続けていた。しかも、消費者金融からの借金が、再び200万円以上にふくれあがっている」と。

 目の前が真っ暗になった。もう、「あのころ」とは違う。守らなければならない家庭があり、子どももいる。彼女は激怒した。

「ごめん……」

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 いくら腹が立っても、素直に謝られるとやっぱり大切なパートナーであり、かけがえのない家族の一人だ。何よりも、普段は穏やかな優しい夫で、子煩悩な父親でもあった。仕事もしっかりやり、きちんと結果を出す。

 今回だけ──。そう思って、若い頃から自分自身で掛けてきて、何があっても手を付けずに積み立ててきた生命保険を解約し、借金返済のために夫に差し出した。もちろん、「もう二度とやらない」と誓った夫の言葉があったからだった。だが、そんな思いは簡単に打ち破られる。数年後、再び夫がインターネットで競艇の舟券を買っていたことが発覚した。しかも、今度は300万円近い借金をつくっていた。

 さすがに彼女はキレた。どなり散らした。「バカ!」「死ななきゃ、わからないんでしょ?」「あんたは病気よ」

 夫は憔悴した様子で涙を流した。「そう、オレは病気だよ。自分ではやめられない。助けてほしい」

「甘えないでよ!」

 そう突き放しながら、彼がなにげなく使った「病気」という言葉が心に引っかかった。

 というのも、それまでに夫が繰り返してきた謝罪が、その場を取り繕うだけの偽りには思えなかったのだ。間違いなく、いつも心のなかから反省していたし、本当にギャンブルをやめようと考えていた。それは、自分にも痛いほどに伝わっていた。

 インターネットで調べてみた。夫と同じように、ギャンブルをやめられない症例が検索でいくつも引っかかった。ギャンブル依存という言葉も初めて知った。

「これ、本当に病気だったの……?」

 半信半疑のまま、依存症の治療を行っている都内の医療機関に出向いた。医師にそれまでの経過を話すと、「ギャンブル依存」と診断され、自助グループを紹介された。

「彼女」の名前は田中紀子さん。現在は、自分自身の経験をもとに、2014年に公益社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」を発足させ、代表を務めている。