「家庭を築けば意識が変わるはず」と考え結婚したのに
彼女の前に現れ、付き合うようになった彼は、ギャンブル好きではあるものの、実直で魅力的な尊敬できる人だった。そうは言っても……。あまりに深く勝負にのめり込むあまり、それで自分自身、それに周囲の人々を傷つけたりすれば話は別だ。
「ギャンブルをやめよう」と結婚したが彼との付き合いは楽しかったが、時間がたつにつれ、ギャンブルと借金がすべてになりつつあった。当たり前のカップルのようにいろいろな場所に出かけて、時間や思い出を共有するわけでもなく、共通言語は舟券の予想やレースのオッズのみ。関心事は、「舟券を買う資金をどうやって捻出するか」「まだ貸してくれる消費者金融はないか」「持ち物を売り払うか」。
そうなると、楽しい関係も変わっていく。2人で過ごしていても、イライラばかり。けんかも絶えなくなった。競艇場にいるときの気分も以前とは違っていた。スカッとする爽快感、それに居心地の良さは徐々に薄れていき、やがてプツンと完全に消え失せた。もうギャンブルが楽しくなくなっていた。楽しくないのなら、意味はない。何度も2人で話し、「競艇をやめよう」と決意を固めた。それでもどうしてなのか、競艇が開催になると、舟券を買わずにはいられない。
決意、意志、愛情、人間関係……、人として生きていくための基本要素は、どれもギャンブルの前では輝きを失った。彼も彼女も理屈ではわかっている。だから、「家庭を築けば、きっと意識が変わり、生活スタイルも変わるはず」と考え、2人は結婚した。同時に、競艇へと走り出しそうになる衝動を、無理やり心の底に封じ込めた。
翌年、子どもが生まれた。彼女にとって、子育てと共働きは目が回るほどの忙しさだった。競艇のことを考える暇はなくなっていた。それでも幸福な日々だった。