「そっち来たらなあ……殺してまえよォ」
その日の夜やった。
「おい、誰か来たか?」
事務所にかかってきた電話を取ると、外に飲みに出ていた親分からであった。
「客人からの電話はかかってきていません」
ワシは、なんやどこかの客人か何かと、約束事でもしてるんやろうと思いながら呑気な回答をしとった。
「昼のおっさんがなァ、電話かけてきて、小指落として詫びにくる言うとったんや。そっち来たらなあ……殺してまえよォ」
プー、プー、プー……。電話が切られた音だけが鳴り響く。
ワシの心臓は再び、ものすごい勢いでうなりを上げ始める。昼間見た事務所での光景が一気に甦った。するとまた、ワシの心臓はさらにうなりを発する。なんとも運がない。
事務所には2人。もう1人は、ワシよりも1年ほど前からこの組におる人間やった。「力もなく頭も悪く金もない」しょうもない組員いうやつや。一応、その組員にどうするか聞いてみるが、
「知らん。殺すんやろ」
案の定、まるで他人事のように言いやがった。
使えんヤツでも、そのまま置いておけば頭数にはなる。いかに大きく見せることができるかも見栄の張り合い。見栄の張り合いを制するには、頭が働かなあかん。金の巡りもそれで決まる。
ワシは、親分からの命令に対して頭の中では何も整理がつかぬままにも、とりあえずと木刀を手にした。そして、玄関に近いソファーに座り、見たことすらない顔も知らない「おっさん」を殺すためだけに待つことにした。
待っている間は、そりゃあ、色んなことを考えた。
仲間ァ連れてきたら少しヤバいなあ、いや、その方が殺せなくても大丈夫か。どうにか言い訳ができる。もう、逃げ出してまおうかなあ……その方が楽やん。せやけどなあ、組におられんかったら極道の道を選んだ意味がない。何とか激しくしばいて死にきらんかったフリできへんかなあ。使えんこいつでも今回ばかりは上手くやりよらんやろか……否否、キレても勝てへん男に期待できへんがな。おっさん来る前に誰か帰ってこんかの。やり切れへんがな……。
たくさんのことが頭の中をよぎっては消えていき、腹も決まりきれずにいた。極道とはいえ、「人を殺せ」と言われて、「はい」で動ける人間なんか映画の話や。99%の極道は「はい」で動けへんのが本音というもんや。
そうして色んなことを考えていると、防犯カメラに数人の人影が玄関へと走ってくる姿が見えた。(続きを読む)