2020年代に入ってから、日本で劇場公開される「ハリウッド映画」の本数が極端に減少していることに、気づいているだろうか。

 映画・音楽ジャーナリストの宇野維正さんは、配信プラットフォームの普及、新型コロナウイルスの余波、北米文化の世界的な影響力の低下……などにより、今、ハリウッド映画が危機に瀕していると指摘する。

 ここでは、宇野さんの著作『ハリウッド映画の終焉』(集英社新書)より一部を抜粋。2023年3月に日本公開されたスティーヴン・スピルバーグ監督作『フェイブルマンズ』にも見られる、ハリウッドの有名監督たちが作る作品に共通する傾向とは——。(全2回の1回目/後編に続く

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すべての道は『ROMA/ローマ』に通ず?

 直近10年(2010年代前半から2020年代前半)に作られた映画で、その後の作品に最も影響を与えた作品を一つだけ挙げるとしたら、自分は迷いなくアルフォンソ・キュアロンの『ROMA/ローマ』(2018年)の名前を挙げる。

 メキシコシティのローマ地区で生活する、ある裕福な家族とその家政婦たちの1970年から1971年の日常の営みを、ビジュアルエッセイのように断片的に繋ぎ合わせた構成と詩的なモノクロ映像で綴った作品だ。

「ある裕福な家族」とはほかでもない、核医学専門の医者の父と化学者の母の間に生まれたキュアロンの家族であり、1970年から1971年という作品の時代設定はキュアロンが8歳から9歳の時期に重なる。映画の主人公は家政婦のクレオだが、彼女が世話をしている家族の子供たちの中には同じ年頃の少年がいる。言うまでもなく、その少年はキュアロン自身だ。

 第86回アカデミー賞で監督賞を含む7部門を受賞するという大成功を収めた前作『ゼロ・グラビティ』(2013年)が、キャリアにおける一つの区切りとなったのだろう。キュアロンは『天国の口、終りの楽園。』(2001年)以来久々に母国メキシコで、全編スペイン語の作品『ROMA/ローマ』を撮った。

 北米をはじめとする世界の主要マーケットで劇場公開する上で「スペイン語のモノクロ映画」というのは商業的なハンデとなるわけだが、そこに手を差し伸べたのがネットフリックスだった。ネットフリックスは同作の独占配信権を取得するだけでなく、製作費(約1500万ドル)の2倍とも3倍とも言われる空前のプロモーション費を投入して、自社にとって初のアカデミー作品賞の獲得を狙った(結果的に作品賞は獲り逃したものの、監督賞、撮影賞、外国語映画賞の3部門を受賞した)。

©AFLO

ネットフリックスが独占配信権と引き換えに出資

 そんな公開までの経緯もまさに「2010年代後半の映画界」的な出来事であったが、『ROMA/ローマ』を映画界の直近10年を代表する作品とする理由はその主題にある。映画作家が自分の子供時代のエピソードをモチーフに、その時代背景と住んでいた場所へのノスタルジーを込めて長編映画を作ること。『ROMA/ローマ』の映画としての圧倒的な美しさと強さ、そして作品に寄せられた称賛は、映画界の新しいトレンドを生み出すこととなった。

 プロテスタントの住民とカトリックの住民が激しく対立する1969年の北アイルランドのベルファストを舞台に、家族との関係や地域社会の変動を9歳の少年の視点から描いたケネス・ブラナーの『ベルファスト』(2021年)は、主人公が幼少期の監督自身であるだけでなく、ほぼ全編が『ROMA/ローマ』と同じようにモノクロで撮られた作品だった。