SSCナポリにディエゴ・マラドーナが在籍していた80年代半ばのナポリを舞台にした青年の成長物語である『The Hand of God』(2021年)で、主人公は映画監督になることを目指しているが、言うまでもなくそこには監督であるパオロ・ソレンティーノの10代の日々が投影されている。
『The Hand of God』は現代のイタリア語映画としては異例の大がかりな撮影や美術にも目を奪われる作品だが、『ROMA/ローマ』と同様、独占配信権と引き換えに同作に出資したのもネットフリックスだった。
50代以上の有名監督による「自伝的映画」が乱立
キュアロンの盟友であるアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥもまた、『バルド、偽りの記憶と一握りの真実』(2022年)で、「久々に母国メキシコに帰国した映画作家」という自身を濃厚に反映させた主人公をモチーフに、新生児からアメリカに渡って成功した現在までの半生をフェリーニ的な幻想シーンを織り交ぜて描いた。同作を資金的にバックアップしたのも、やはりネットフリックスだった。
ほかにも、本人を投影した登場人物こそ出てこないものの、自身の少年時代である1960年代後半のロサンゼルスを舞台にしたクエンティン・タランティーノの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年)。
主人公の少年の年齢こそ自身よりもちょっと年上の設定だが、ロサンゼルスのさらに地域を絞って地元サンフェルナンド・バレーを舞台にしたポール・トーマス・アンダーソンの『リコリス・ピザ』(2021年)。1980年代のニューヨーク・クイーンズ地区を舞台に、地元の公立中学校で出会った黒人の同級生との交流とその後の残酷な顛末を綴ったジェームズ・グレイの『アルマゲドン・タイム』(2022年)など。
必ずしもそれらの企画がすべて『ROMA/ローマ』の直接的な影響下にあるわけではないが、『ROMA/ローマ』の賞レースでの成功や観客の好リアクションが企画の実現に向けての好材料となったのは間違いない。では、そもそもどうして50代以上の有名監督による「自伝的映画」の企画が乱立するようになったのか?
タランティーノは『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』の公開に際して「自分にとって最後の作品になるかもしれない」と事あるごとに語っていたが、その思いはタランティーノだけではないのではないか。
長年ハリウッドのメジャースタジオの潤沢な製作予算によって劇場公開される長編映画を撮ってきた監督にとって──少なくともこれまでのように恵まれた環境で製作されて劇場公開される長編映画という意味において──次の映画が自分にとって「最後の映画」になるかもしれないという思いを抱かずにはいられないのが現在の映画を取り巻く状況なのだ。
そして、そんな「最後の映画」の決定版と言えるのがスティーヴン・スピルバーグ監督の『フェイブルマンズ』(2022年)だ。