福島県の福島市北部で起きた「献上桃」の詐欺事件。

 だまされたのは70代の桃農家Aさんだけではない。

 福島市役所でも、市長が桃を献上したとする筆書きの偽木札と一緒に写真に収まった。市内の道の駅では偽木札のパネル展示まで行っていた。

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 さらに、容疑者は東京都立公園で「春の七草の寄せ植え教室」の講師も長年務め、人気があったという。

 いったい、どういうことなのか――。

「福島の桃の美味しさや価値は決して偽物ではない。本物です」

 2023年8月3日、木幡(こはた)浩・福島市長が記者会見でそう断言するのを聞いて、悲しくなったという市民がいた。「山梨県に続き、全国第2位の出荷量があるのに、こんなことを言わないといけないほど福島の桃の知名度は低いのでしょうか。『偽物ではない。本物です』と言われたら、知らない人には逆に嘘くさいと思われてしまうかも知れません」と肩を落とす。

 福島の桃の美味しさは、地元消費の多さが証明している。地元の人が好んで食べる果物ほど美味しいものはないからだ。

福島の桃の主力品種「あかつき」は無袋栽培で赤々とした果実になる。太陽の直射日光で煮えないよう、日傘となる葉を残すのも、農家の技術(福島市北部)

市長が「美味しさは偽物ではない」と言わざるを得なくなったワケ

 総務省が全国の都道府県庁所在地と政令指定都市を対象に行っている家計調査(2人以上の世帯)によると、2020~2022年の平均で桃の消費が最も多かったのは福島市だ。年間1万2573グラムで7256円。第2位の山梨県甲府市を重量で2.7倍、金額で2.3倍も引き離しており、ダントツの1位である。

 それほど福島市民に愛されているにもかかわらず、市長が「美味しさは偽物ではない」と言わざるを得なくなったのは、桃農家が皇室への献上詐欺事件の被害に遭ったからだった。

 気をつけておかなければならないのは、美味しさに自信がないから皇室を利用して売ろうと考えたわけではないことだ。原発事故の風評被害に苦しみ、果樹の病気に追い詰められて、何とか切り抜けようと研究を重ねていた時に、「東京大学大学院の客員教授」を名乗る詐欺犯(75)に付け込まれた。その悲しい経緯については、#1で述べた通りだ。

 ただ、詐欺犯の言説には木幡市長まで惑わされていた。

 自称教授は「献上」の返礼として、「皇室献上桃生産地」と筆書きした偽木札をAさんに渡した。Aさんが住む福島市北部の地区に宛てた形になっていた。

 Aさんは2022年2月、報告のために市長に連絡を取り、元農協幹部らと一緒に市長室を訪れた。この時の様子や、市長が偽木札を一緒に手に持った記念写真は、福島市が市のホームページで紹介していた。

 木幡市長は自称教授にも面会しており、会見ではなぜそうなったかを釈明した。