福島で特産の桃が出荷のピークを迎えた2023年7月下旬、「東京大学大学院の客員教授」を自称する東京都練馬区の男(75)が福島県警に詐欺未遂容疑で逮捕された。宮内庁の関係者になりすまし、「皇室に献上する」として、福島市内の70代の農家から桃をだまし取ろうとした疑いだった。今年は未遂に終わったが、昨年と一昨年の2カ年は「献上桃」のやりとりが実際にあった。
なぜ、だまされたのか。
「地方社会には献上を名誉に思う意識が根強く残っていて利用された」とする識者のコメントが流されるなどしたため、「後進的で思慮の足りない田舎というようなイメージで受け止められたのではないか」と危惧する行政関係者もいる。「皇室を商売に利用しようとしたと誤解されかねない」と心配する桃農家もいた。「献上桃詐欺」の部分だけをクローズアップした報道では、そう誤解されても仕方ない内容になっている。
だが、「事件」には前段があった。
この地区は原発事故の風評被害に痛めつけられてきただけでなく、桃の病気が蔓延して存亡の危機に瀕していたのだ。何とか切り抜けようと多くの農家が方策を探していた時、これに付け込む形で詐欺犯が入り込んだ。結果として何十軒もの農家が巻きこまれる形になったのだが、その経緯を知れば「事件」は少し違った形で見えてくるような気がする。
詐欺に遭った中心人物の70代の農家、仮にAさんとしておこう。AさんやAさんが所属する学会の役員には「事件について書いてほしくない」と強く言われた。しかし、誤ったイメージが流布されたままでは地区の名誉に関わる。品質に定評のある桃産地として、美味しさを追求してきた苦労も知ってもらわなくていいのか。
また、この事件には福島市長や福島市役所まで関わる形となり、行政として再発防止策の構築が必要になっている。もはや個人に対する詐欺というレベルを超えて社会的な事件になっており、経緯をうやむやにしておくわけにはいかないと感じる。
事件の概略を振り返る
報じられた事件の概略はこうだ。
「東京大学大学院農学部 客員教授」を名乗る男が、福島市北部の桃の産地を訪れたのは2021年のことだ。農業用資材の会社社長と一緒だった。
自称教授は宮内庁の研究所に関係していると騙(かた)って、Aさんに桃の献上を持ち掛けた。Aさんは他の農家にも声を掛け、2021年と2022年に何十箱もの桃を「献上品」として自称教授に提供した。
2021年7月には、自称教授から「皇室献上桃生産地」などと筆で書かれた木札が渡され、年末にはお礼として「上皇后がお作りになった」とされる大福餅も届いた。餅は地元の農家約40人が宿泊施設に集まって食べた。