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「凍えるような冬」農家全員で行った対策

 この年、収穫が終わった厳冬期に、樹木の表皮に付着した放射性物質が樹体内に入り込むのを阻止しようと、全生産者で高圧洗浄を行った。

「凍えるような冬、高齢化した農家も全員で脚立に上がるなどして、来る日も来る日も洗浄に追われました。樹体に吹きつけた水が跳ね返り、氷のようなしぶきでずぶ濡れになります。目に入らないよう、ゴーグルを付けて作業をしましたが、吹き飛んだ表皮のカスが張りついて、すぐに前が見えなくなってしまいます。高所から落ちて大ケガをした農家もいました」。そう振り返る農家もいる。

 それでも風評被害は収まらなかった。価格は今もまだ全国平均より低い。

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 ただ、被災から年月が経つと、福島の農産物を毛嫌いする人は減っていった。「よし、これからだ」。多くの農家がそう思い始めていた時に蔓延したのが、モモせん孔細菌病だった。

 ある農家は「もう目の前が真っ暗になりそうでした」と話す。

「何とかしなければ」。農家はそれぞれ方策を探した。強酸性の葉面散布剤で殺菌しようとした地区もある。葉面散布剤は、葉から養分などを取り込ませるために散布する液体肥料だ。植物は根からだけでなく、葉からも吸収しているのである。

無袋栽培で赤々と実った主力品種「あかつき」(福島市北部)

 Aさんは、卵の殻を原料にした葉面散布剤に目をつけた。

 研究熱心な桃農家が多い福島市北部のその地区でも、Aさんはひときわ突き詰めるタイプだった。気象の研究を農業にいかすための学会を、全国の農家と結成していたので、顔も広かった。そうしたつながりから探し当てたのが、卵の殻を原料にした葉面散布剤だったようだ。地元の若手農家らに声を掛け、勉強会を開きながら散布していくことにした。

 卵の殻は土壌改良剤としても使われる。「だから違和感はなかった」と、勉強会に誘われた農家は言う。「カルシウムは植物の成長に必要な成分なので、葉面散布剤として使えば、桃の木の体質強化につながる可能性もあります。樹木に体力を付けさせて、細菌に打ち勝とうという戦略は、確かに効果的かも知れないと思いました」。

 その勉強会に、卵の殻を使用した葉面散布剤を販売する会社社長と一緒に現れたのが、自称教授だった。