「献上」が始まってから3年目の2023年、Aさんは旧知の新聞記者に紙面で紹介してもらおうと考えた。ところが、この記者が調べると、宮内庁は献上されていないと否定し、自称教授が関わっていると話していた宮内庁の研究所も実在しなかった。さらに東大で所長を務めているとしていた施設さえなかったことが分かる。偽木札については、書家に依頼して書いてもらっていたと判明した。
こうした「事実」が明らかになり、桃の提供を断ったので、3年目の「献上」は未遂に終わった。
なぜ農家は騙されたのか
自称教授は、他にも様々な地区の農家に「献上」を持ち掛け、偽木札を渡していたようだ。茨城県筑西(ちくせい)市は市内の農家や加工業者4人が「献上品」に選ばれたと広報紙で紹介していたが、報道で農家が詐欺に気づいたため、広報紙のその部分のネット公開を取りやめた。
宮内庁は「宮内庁職員等を名乗る『献上依頼』にご注意ください」とする注意をホームページなどで呼び掛けている――、というのが一連の報道の内容だ。
「これでは、どうして農家がだまされたのか、よく分からないでしょう」
福島市の桃農家の1人が言う。多くの読者・視聴者が抱いた疑問ではなかろうか。そもそも、なぜ自称教授が産地に入り込んだのか。
桃の病気が引き金だった。
「モモせん孔細菌病」。広がると果実は食べられたものではなくなり、ジュースなどの加工用にも使えなくなる。特効薬がないことから、かつては「蔓延したら産地として終わり」とまで言われた。
これが2019年、福島市など桃の果樹園が広がる福島県北で流行し始めた。
ベテランの桃農家が言う。「本当に怖い病気です。春先から細菌が増えて、実につくと真っ黒になります。細菌は果実の収穫後も樹木に残り、雨を伴った強い風で広がるだけでなく、傷ができるとそこから樹体に入ります。この年は台風19号が福島を直撃したため、翌年はさらに深刻な事態となりました。罹患した枝をこまめに切り落とし、薬剤をまくなどしましたが、なかなか効果は上がりませんでした。これが3年も続き、中にはほとんど収穫できなかった仲間もいました」。
それまでも耐えに耐えながら栽培を続けてきた福島の桃農家だ。影響ははかり知れなかった。
福島県は全国第2位の出荷量を誇る桃の産地である。しかし2011年3月、東日本大震災による東京電力福島第1原発の事故で大きなダメージを受けた。放射能の基準値は一度も超えなかったが、深刻な風評被害にさらされたのだ。