1ページ目から読む
2/4ページ目

 そして、その半生はもっと意外。少し片言の日本語だったのでお話を聞くと、第2次世界大戦の時に中国に取り残された日本人を父に持つ、中国生まれの残留日本人孤児2世だというのです。「17歳で日本に帰ってきたんだけど、家族みんな日本語できないでしょ? だから仕事もなくて。でも言葉できなくても清掃はできるから、それから20年以上、ずっと清掃の仕事をしてるの」

“世界一清潔な空港の清掃人”新津春子さん(左)と、NHKディレクター・築山卓観さん

 さらに新津さんは続けました。「清掃の仕事は確かにきついです。3Kって言われてる。まだ社会的地位も低いと思う。でも、だから何? 私は気にしてない、だって私はこの仕事が大好きだから」

 そう言ってにっこりとほほえんだその笑顔に一目惚れし、その場で出演をお願いしました。

ADVERTISEMENT

空間そのものを清掃しているかのような徹底ぶり

 こうして始まった密着取材。現場での新津さんは、とにかく生き生きとして、清掃を心底楽しんでいる、まるで少女のようでした。普通なら見逃しそうなわずかな汚れを数十メートル離れた所から見つけ、「あった!」と叫ぶと、嬉々として落としていくのです。そのために使う洗剤は80種類を超え、自ら清掃道具を開発してまできれいにしようとするこだわりぶり。

 しかも新津さんは、ただ目に見える汚れを落とすだけでは満足しません。たとえばトイレに設置してある手の乾燥機。ぱっと見てきれいになったので、撮影クルーが「きれいになりましたね」などと言ってもどこか不満げ。「臭いが残っているとだめだから」と、乾燥機を分解して中を清掃し始めたのです。その徹底ぶりは、床、ガラス、鏡、便器、あらゆるものに及び、まるで空間そのものを清掃しているかのようでした。

 どうしてそこまでするのか。新津さんは笑って答えました。

「仕事をしている以上プロですよね。プロである以上そこまでやんないと。気持ち。気持ち。別に誰に言われてるわけでもないけど。でもこうすると全体がきれいに見えるでしょ。やっぱり、全体をきれいにすると気持ちいいじゃないですか」

 そして自らの“仕事の流儀”を、こう表現しました。

「心を込める、ということです。心とは、自分の優しい気持ちですね。清掃をするものや、それを使う人を思いやる気持ちです。心を込めないと本当の意味で、きれいにできないんですね。そのものや使う人のためにどこまでできるかを、常に考えて清掃しています。心を込めればいろんなことも思いつくし、自分の気持ちのやすらぎができると、人にも幸せを与えられると思うのね」