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胸に弾を喰らっても微動だにしない

 胸に弾をまともに喰らった瞬間も、巨大なヘラジカは微動だにしなかった。銃声のこだまが消え、静寂が訪れる。彼は立ち尽くしたままだ。やがて少しずつ、体が揺れ始めた。右にゆらり、左にゆらり。その振れ幅が大きくなってゆく。そして、大木が切り倒されたかのような音を立て、遂に倒れ込んだ。キースの目は静もったままだ。近付いていいのだろうか。それとも、見守って祈るべきなのか。判断しかねている僕に、キースが目だけで「行け」と指示した。

 ヘラジカから発生する重力に引きずられるように近付き、ひれ伏す。彼の目は大きく開いたまま、虚空を見つめていた。

 キースが止め刺しのナイフを入れると、驚くようなことが起きた。ヘラジカの呼吸はもう止まっていたはずなのに、最期の息を吐いたのだ。何十秒続いただろうか。ブォーーッと響く、重たく長い音。遠雷と地鳴りが一体化したような、振動を伴った風が吹き付ける。それを胸一杯に吸う。全身に鳥肌が立つ。王の中の王。彼の魂の遺産を受け継いだのは僕だ。これを、また次の継承者にしっかりと手渡せるように、僕は生きねば――。

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 キースの見立てで500キロという巨体を解体するのは本当に骨が折れた。実はその日は滞在の最終日で、翌朝6時の飛行機に乗る必要があった。深夜まで作業したが結局完全には終わらず、あとはキースが引き受けてくれることになった。皮剝ぎに、骨切りに、酷使した体は疲労困憊だったが、それは大きな喜びでもある。我が身を道具としてきっちりと使い切る。解体中にナイフの切れ味が落ちていくように、握力は萎え、膝はガタガタになり、腰も痛い。それでも、これがとても正しいことだと思える。すり減る。研ぎ直す。また使う。この作業を命の限り続けていくのだ。