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警察当局の未公表の統計データによると、2022年末時点での宅見組の構成員は約90人、侠友会は約30人。さらに今年になって離脱し、6代目山口組に移籍した五龍会なども合わせた120~130人ほどの構成員数を差し引いた「200人前後」が神戸山口組の実態なのだという。6代目山口組の構成員数約3800人とは20倍近くの勢力差が開いているのが現状だ。
勢力差が開いてしまい、覆すことは不可能な状態に
国内最大の暴力団の分裂劇から8年が経過するにあたって、前出とは別の警察当局の捜査幹部は、「神戸(山口組組長)の井上(邦雄)は組織を分裂させてまで、いったい何が目的だったのか、今となってはまったく分からない」と疑問を呈する。
「分裂直後はともかく、近年は神戸(山口組)から離脱していく者が多く、組織は毎年のように縮小していくばかりだ。抗争の過程に起きた事件で死んだ者も少なくない。途中で何かしらの策はあったはずだが、現在にいたってはこれほど勢力差が開いてしまい、覆すことは不可能な状態となっている」(同前)
分裂時、井上は山健組組長で、神戸山口組を結成したリーダーだった。
抗争が止まらない時期も
山健組は5代目山口組組長の渡辺芳則を輩出していた保守本流の巨大組織。2005年に、山健組に次ぐ有力組織であった弘道会の会長だった司忍が山口組組長に就任し6代目体制となっても、暴力団社会では名門である山健組は大きな存在感を示していた。それだけに、2015年の分裂時には、「ヤマケンが組織を割って出た」と全国の暴力団組織は当然、警察当局にとっても衝撃を持って受け止められた。前出・捜査幹部が語る。