1ページ目から読む
2/3ページ目

怪しまれると徹底的に粗探しされる

――そうやって「嘘じゃないか?」と疑われるのは、どういうときなんですか。

森山 たとえば、異常に登頂時間が速いときですね。「こんなスピードはあり得ないだろ」とか。あと、山頂の様子を聞いても「いやぁ、何も見えませんでした」とか証言が曖昧だったり。そういうことがあると、徹底的に粗探しをされる。当時も今も、世の中には専門のジャーナリストや市井の山岳オタクがいて、ものすごい情報量と知識で重箱の隅をつつきまくられるんです。そういう人自身は、山登りをぜんぜんやらなかったりするんですけどね。ククチカがマカルーを登頂したときは、まだ駆け出しの頃だったので実力がわかっていなかった。その上、新ルートを開拓したこともあって、「あやしいぞ」と思われてしまったんでしょうね。

――登山界のスーパースター、トモ・チェセンが1990年、「21世紀の課題」と言われていたローツェ南壁を独りで登頂したときも、そもそもは同じような理由でしたよね。あまりにも登頂タイムが速いがゆえに「こんなことできるの?」と疑われてしまった。本人は認めていませんが、森山さんの見解はどうなのですか。

ADVERTISEMENT

森山 信じたい気持ちもありますが、世間的には、ほぼほぼ黒だろうということで定着しています。こういうことが1つ発覚すると、その登山家の他の記録も洗いざらい調べられてしまうんです。結果、チェセンの存在を世に知らしめたジャヌー北壁(7710m)の単独登頂も怪しいと判断されてしまった。この記録もローツェ南壁とおなじようなスーパークライミングだったんですよ。とんでもない難易度の壁で。

実力のある登山家が今さら嘘をつく必要があったのか

――世界最強の登山家と呼ばれ、2017年、エベレストで亡くなったウーリー・ステックのいくつかの記録も、近年になってフェイクだったのではないかと言われています。

森山 告発したフランス人の言い分は、確かに筋が通っていて、疑わしいと見る方が合理的なのかもしれません。でも決定的な証拠があるわけでもないし、本人も亡くなってしまっているので「怪しいけど、断定するわけにもいかない。保留かな」という感じですね。

2017年、エベレストで亡くなったスイスの登山家、ウーリー・ステック氏(右) ©AFP=時事(CLASSROOMS IN THE CLOUDS NEPAL)

――どんな人でも嘘の誘惑に負けてしまうことはあると思うんですけど、正直、これほどの人が今さら嘘をつく必要があったのかなとは思ってしまいますよね。

森山 まったく無名で、実力もない登山家が嘘をつくというのは、何かわかる気がするんです。自分のやったことをちょっと盛って話したくなる心理は誰にでもありますから。でも、嘘をつかなくたって十分すごいじゃないかというレベルの人たちが嘘をついちゃう心理状態というのはちょっと想像できないんですよね。