登山は基本的に自己満足の世界
――登山界というのは嘘をつきやすい世界だとは思うんですけど、それだけに絶対に嘘はつきたくないという人がいる世界でもありますよね。そこは普通の世界以上に潔癖だし、ピュアでもある。ものすごく細かい条件を自らに課し、それをクリアしなければ登頂したとは言えないという人もたくさんいるじゃないですか。
森山 嘘をついたら意味がないと考えている人が大半だと思います。登山は基本的に自己満足の世界ですから。嘘をついたら自己満足できなくなる。この難壁を落としたら3000万円もらえるみたいなのがあったら、嘘をつく人もたくさん現れると思うんですけど。
――チェセンやステックほど有名な登山家ではありませんが、2010年に女性として初めて8000メートル峰全14座を完登したと思われた韓国出身のオ・ウンソンの疑惑も話題になりました。
森山 誰が一番乗りを果たすかということで競っているときに、彼女が1年にいくつもの山を登るというかなり強引なやり方で一気にまくった。そうしたら、意図的なのか、気づかなかっただけなのかはわからないのですが、その内の1座は山頂に到達してないということを多方面から指摘されてしまった。本人は認めてないと思うんですけど、国際的にはこれはアウトですね、という風になりました。母国の山岳連盟も彼女の登頂を否定する声明を発表してしまいましたからね。
――それは嘘をついたわけではなく、ただ、勘違いしたということも考えられるわけですよね。
森山 その可能性もあります。結構、あるんですよ。高所の山や辺境の山には山頂を示す標識が立っているわけじゃないので、吹雪で視界が悪かったりすると、より高いところがちょっと横にあっても見えなかったりする。今ならGPSさえ持っていれば正確な山頂の位置を知ることができますけど、昔は自分の目に頼るしかなかったので。
登山にルールがつくられない事情
――日本人登山家の有名な記録でも、のちに疑われたケースというのはあるのですか。
森山 登山史的なレベルでいうと、あんまりないと思います。昔、それなりに有名な吉田二郎という登山家がいたんですけど、彼が発表した初登頂の記録の多くが捏造だったということはありました。でも、それも60年くらい前の話なので。それ以外は、そこまで有名なものはないですね。
――嘘を防止するというよりは、登山家たちを守るためにもGPSを所持するなどのルールをつくってもいいのかなという気がしますが。それはそれで登山の世界観を壊しかねないのでしょうか。
森山 そうなんですよ。競技ではないからこそ登山のよさがあるのに、ルールで縛ってしまうと登山が競技みたいになってしまうじゃないですか。その辺は、バランスなんでしょうけど、ちょっと難しいところではありますよね。