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「クマが駆除されるのは本意じゃない」

東出 山野井さんは21年に「登山界のアカデミー賞」と言われるピオレドール生涯功労賞を受賞されました。その時の記者会見で「以前事故に遭われたが、山に入る時のクマ対策は?」という質問が飛んだんです。そうしたら、「あれからファンの方からいっぱいクマ鈴が届いたんですけど、使ってないです」と。「なんで使ってないんですか?」と聞かれると、「あれ、うるさくて」って(笑)。

 山野井さんは、「クマからすれば人間が襲ってきたと思ったのでしょう。経験したことのない恐怖を味わったけど、クマを恨む気持ちはない」と、自分がクマのテリトリーに入ったからいけなかったというようなことをおっしゃっていて。

米田 「もし自分が死んだり大けがしたりして、クマが駆除されるのは本意じゃない」というようなことも言っていた。糞っていう字は「米田と共に」って書くが、俺もクマの糞にはなりたくないね(笑)。

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東出と米田 ©文藝春秋/撮影・杉山秀樹

クマもクマなりに生きる道を模索してる

東出 ツキノワグマの死因の多くは人間による駆除だと読んだことがあります。

米田 確かに山を歩いてもクマの死体を見つけることはほとんどない。胃袋の中に共食いの死体を見つけることはたまにあるが、それくらい。越冬中に力尽きて死んでるのかと思って穴を調べたこともあるけど、そういうのもない。まだわかっていないことが多い、不思議な生き物だ。

東出 米田さんが実際に観察したり、聞き取ったりしたクマの生態の中には不思議なものがたくさんありますよね。人間にぴったりついてきたと思ったら急に立ち上がって、顔を抱え込んで食うわけでもなく30分その状態だったとか……。

米田 「クマの囁き」と呼んでいるんだけどよ。不思議だよなあ。ここら辺ではそういう話がいくらでも出てくる。最近じゃ2,3歳のオスの兄弟同士が大豆畑にぞろぞろとつるんでいる。以前は見なかった光景だが、あれは何か危険が迫った時、誰かが気が付いて逃げられるようにするための、安保の会議みたいなものじゃないかと思ってね。クマも彼らなりに、生きる道を模索してるわけだ。そういう場面に出くわせば面白い。

東出 実際に今日も大豆畑の中に親子グマの姿を見ることができてびっくりしています。簡単に野生のクマを見られるなんて、北関東じゃ考えられない(笑)。

大豆を食べるクマ(米田一彦撮影)

米田 ここでは2016年に起こった事件の殺人グマの子孫をずっと追跡していたけど、その家系ももう途絶えたから、調査は今年で終わり。この後は広島に帰ってまた森林のクマをもう一度観察したい。あなたもクマを本気でやりたいなら、麻酔の資格を取ったらいいよ。

東出 はい、勉強します。僕も米田さんのようにたくさん山を歩くことでクマの知識を蓄え、それを伝え、啓蒙していけるような猟師になれればと思います。