「日本で最も乗客が少ない鉄道路線」と聞くと、さいはて感あふれる北海道のどこかを思い浮かべそうだが、実は岡山県と広島県にまたがる中国山地の山奥にある。岡山から北へ約80キロ、特急列車に揺られて1時間ほどで到着する新見で乗り換えて西へと向かう芸備線だ。
全159.1キロの長大な路線のうち、岡山県との県境に近い広島県の東城から備後落合に至る25.8キロでは、令和3(2021)年度の平均通過人員(輸送密度。1キロあたりの旅客数)が1日平均わずか13人! これは、JR西日本はもとより、輸送実績が公表されているJR他社や私鉄を含めても最も少ない数値である。
令和2(2020)年度やコロナ禍以前の平成30(2018)年度には1日平均9人という、鉄道旅客輸送の実績とは思えない数値が記録されている。平成30年度のJR東日本・山手線の平均通過人員は、1日あたり約113万5000人だった。
備後落合行きの列車は1日わずか3本だけ
この区間へたどり着くには、岡山から特急「やくも」で約1時間の新見で備後落合行き列車に乗り換えるのがお手軽だ。芸備線の起点は備中神代だが、旅客列車は全て伯備線に2駅間だけ乗り入れて新見に発着する。
だが、備後落合行きの列車は令和5(2023)年現在、1日わずか3本だけ。そのうち夕方の列車は18時半近くになって出発するので、1年中車窓が楽しめる日中の列車は13時02分発の1本しかない。
早朝5時過ぎ発の列車は、夏なら外は明るいが、乗るためには新見に1泊する必要がある。“閑散区間”の入口である東城までの25.2キロには他に区間列車が3往復あるが、朝の東城行きは平日のみの運行で、土休日には走らない。
東城~備後落合間の13人という数字に比べて目立ちにくいが、備中神代~東城間も令和3年度の平均通過人員は1日80人に過ぎなかった。そんなにやすやすと乗れる区間ではないのだ。
私が初めてこの区間に乗ったのは平成3(1991)年3月だったが、当時は新見~備後落合間に下り7本、上り8本の旅客列車が走っていた(他に新見~東城間の区間列車が下り1本、上り2本)。32年後の今、運行本数は半分以下になってしまい、遠来の旅行者が気軽に乗り通したり途中駅で下車したりするのは、正直なところ難しい。
「ここまで来たらぜひ、あの駅を見ていって」
備中神代から芸備線に入った列車は、東城までに4つの駅を通る。その東城の地元住民から「ここまで来たらぜひ、あの駅を見ていって」と勧められたのが、東城の1駅手前にある野馳(のち)駅だ。昭和5(1930)年の開業当初に建てられた木造駅舎が、今も現役で使用されている。