幼少期から母親に過度な期待を寄せられ、“いい子”を演じながら青春時代を送ったという女優・東ちづるさん(63)。大人になってから“生きづらさ”を感じるようになった彼女は、37歳の時に自身が「AC」(アダルトチルドレンの略。家庭環境などの影響で子どもらしい幼少期を過ごせなかったことにより、大人になってから生きづらさを感じている人)だと気づいた。
その後、母・英子さんと2人で公認心理師・長谷川博一氏のカウンセリングを受けた東さんは、自身のACと向き合って“自分らしさ”を取り戻す。カウンセリング後は、それまで窮屈に感じていた母子関係も改善した。
今回はそんな東さんに、かつてどんな生きづらさを抱えていたのか、幼少期の家庭環境や母子関係はどのようなものだったのか、詳しく話を聞いた。(全3回の1回目/2回目に続く)
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母が教育熱心になったワケ
――東さんは子どもの頃、どのような家庭で育ったのでしょう。
東ちづるさん(以下、東) 家庭自体は、一般的なよくある家庭だと思います。ただ、広島県尾道市の因島という島に住んでいまして。私を産んだとき、母は21歳だったので、周りから「子どもが子どもを産んだ」と言われていたらしいんですね。そういうこともあって母は「良妻賢母」を目指す人で、育児書や教育書をたくさん読んで、勉強してその通りに育児をしたそうです。
特に、私が超未熟児で生まれたので、とにかく最初は私の命をつなげていくことに必死で、そこから教育熱心に。
――周りから色々と言われた分、教育に力を入れたかったのでしょうか。
東 母は自分が進学したかったようなんですが、島ゆえに、さらに女性で、たくさんのきょうだいの末っ子だったというのも重なって、島を出ることが難しかった。だからこそ余計に、私には勉強をさせたかったし、自立をさせたいという思いが強かったみたいです。
自分を犠牲にしながら献身的に育ててくれた
――お母様は、東さんにとってどのような人でしたか。
東 絶対的な存在だったと思います、一番身近な存在ですから。子どもは自分では食べていけない、生きていけないので母親のことをとても頼りにしているし、期待に応えなければならない、愛されなければならない。
多分どの子も一緒だと思いますけれど、私の場合は、「尊敬」の対象、「愛する人」の対象です。母親以外に、他に選択肢がないと言いますか。もちろん無自覚にですが。
母は実際に、自分を犠牲にしながらすごく献身的に私や妹のことを育ててくれました。立派な人だと思っていましたよ、子どもながらに。結婚して子どもを持つって大変なんだなと思ってましたね。
――具体的に、どういったところが大変だと思われましたか。