だから、続三部作のヒロインのレイはもう修行なんてまどろっこしいことはしないんです。アナキン、ルークと伝えられたライトセイバーに触れた瞬間に、自分がジェダイマスターの血筋であることを「発見」する。そして、あとはもう「ジェダイの騎士のDNA」のおかげで、地上最強の騎士として大活躍する。
『スター・ウォーズ』シリーズが明らかにしてくれたアメリカ社会に根付く物語
――レイは一気に覚醒しましたね(笑)。
内田 『スター・ウォーズ』のシリーズが明らかにしてくれるのは、「自分がほんとうは何者であるのか、そのアイデンティティーが確定した瞬間に、潜在能力が一気に開花する」という物語がアメリカ社会には深く根付いているということです。これはもう固有の民族誌的偏見と申し上げていいと思います。これは、先ほど言ったように、移民社会であるアメリカでは、「エスニック・アイデンティティーを早く確立して、それを保持し得た集団の方が生き延びる力が強い」という歴史的経験が生み出したローカルなイデオロギーだと思います。アメリカ人が自分たちに都合のよいイデオロギーを信じることは彼らの自由ですけれど、これを世界標準にしてもらっては困る。
でも、このイデオロギーをセクシュアリティに適用したのが、LGBTだと僕は思っています。アイデンティティー・ポリティクスはアメリカでは有効ですが、それ以外の地域では果たしてアメリカにおけるほど有効であるかどうかはわからない。フェミニズムの場合と同じで、「アメリカ発なんだから、これが世界標準だ」と信じ込むというのは、いくらなんでもナイーブに過ぎると思うんです。経験的な裏付けがないままに、「アメリカではこうだ」というだけで、いきなり採用すべきではない。
自分が性的に何者であるかは個人の問題だし、その性的指向も年齢や環境に応じて、変わってゆきます。だから、簡単には答えを出さない方がいい。時間をかけて見守れる方がいい。仮に、自分の子どもや親しい人から「自分の性的指向は特異だ」と告白されたら、そのような特異なセクシュアリティを保持しても、自尊感情を損なわれず、愉快に生きていける環境を整えるように努力する。とりあえずはそれでいいと思うんです。いきなり性器切除とか、ホルモン投与とか、先走らない方がいい。とにかく、人間はいろいろなセクシュアリティにばらけているんだから、まあ、単一の枠組みに押し込めずに、多様性を認めようじゃないということでいいと思うんです。
いまはLBGTQIAとどんどん長くなっています。今のところ一番長いのはLGBTQQIAAPPO2Sだそうです。このままゆくと、どこまで長くなるかわからない。でも、当たり前なんです。原理的に言えば、70億種類のセクシュアリティがあるんですから。