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「今思えばAV業界はカネでできた帝国だったのかもしれない」…“消えた監督”望月六郎(66)が振り返る90年代のアダルト産業《ピンク映画は愛の共和国》

望月六郎インタビュー#1

2023/09/16

 アダルトビデオ監督の日常を描いた自叙伝的なデビュー映画『スキンレスナイト』(’91)で国内外の注目を集め、その後、原田芳雄、奥田瑛二らと親交を結び将来を嘱望されていた映画監督・望月六郎(66)。だが2000年代に入ると映画界から姿を消してしまう。彼はなぜ表舞台から遠ざかったのか――。

 9月17日より公開される『スキンレスナイト』デジタルレストア版を前に、“消えた監督”望月六郎の半生を尋ねた。(全2回の1回目/続きを読む)

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どうしてAVを撮り始めたのですか?

――1980年代後半から1990年代初頭にかけて、望月さんはアダルトビデオの監督をしていたんですよね。それだけでなく、AVの制作会社も経営されていて。

望月 それまではピンク映画を撮ってたんですけど、ジャパンホームビデオというAVの大手メーカーがあって、そこの升水惟雄社長に声をかけられたんです。俺のピンク映画が好きだったらしく、「AVを撮らない?」って。

撮影 細田忠/文藝春秋

 初めは「はあ」みたいにごまかしてたんですよ。でも子どもが生まれて、生活に窮していたこともあり、引き受けることにして。じきにバンバン仕事をもらえるようになりました。それで升水さんから、個人にこれだけのお金を出すのはおかしいからと言われ、自宅の一部屋を事務所にしてイースタッフユニオンという会社を始めたんです。

 多いときには月に10本以上制作して、そのうち3、4本は自分で撮ってたと思います。ジャパンホームビデオ以外の会社でも作ったし、ピンク映画時代の仲間に監督をしてもらったりとかして。廣木隆一さんにも撮ってもらったことがありますよ。

――当時のAV業界は景気がよかったですか?

望月 あのころはお金が余ってたんだと思います。AV業界はある種のベンチャービジネスだったのかもしれない。俺がやめたあとは制作費が下がってきたという話も聞いたけど、やってたころは1本あたり250万から300万円くらいでしたから。言い値で見積書を送っても、突き返されたことはなかったです。

 主演級の女の子にはとんでもないお金が動いてました。当時、映画やドラマのトップ女優が、ひと月かけて2時間ドラマを撮影して400万。一方、大人気だったAV女優の冴島奈緒は、ポスター撮りで1日、打ち合わせで1日、計2日間稼働して400万。まあ、握手会くらいは他にもしたかもしれないけど、とんでもない時代でした。

望月監督が撮影した人気AV女優たち

――望月さんが撮影したAV女優にはどういう人たちがいますか?

望月 当時の売れ筋だった子は一通り撮影しましたね。あいだももを撮影したときは、高知東生が一緒に現場に来てました。事務所社長兼付き人兼愛人みたいな感じで。主演でやってる子は、言い方は悪いけど金づるだから、事務所からずいぶんプロテクトされてた気がします。

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