増え続ける医学部の定員数
もちろん、これから25年後までは高齢者が増え続け、「多死時代」を迎えるので、高齢者医療や在宅医療のニーズは伸び続けるでしょう。とはいえ、すでに日本の人口は15年から減少に転じており、安心して産み育てられる社会になるか、移民を積極的に受け入れるかしない限り、人口が増える見込みはありません。
にもかかわらず、医師不足による「医療崩壊」が叫ばれたために、08年から医学部の定員は増やされてきました。07年に7625人だった定員が、17年には9420人と1795人も増えたのです。
これは、1大学の医学部の定員が100人だとすると、たった10年間で18校分も新設されたのと同じことなのです。たった1校で大問題になった加計学園(岡山理科大学獣医学部)どころの騒ぎではありません。16年には東北医科薬科大学医学部、17年には国際医療福祉大学医学部が開校し、日本の医学部は82校となりました。
受験生や保護者、入試関係者は、医学部の入学定員が増えて、狭き門が少し広くなったと喜んでいるかもしれません。しかし、医師数を増やすことが、本当に日本の医療や医学生たちの未来を考えたとき、いいことなのかどうかわからないのです。
コンビニより多い歯科医院、3倍に増えた弁護士
実際に、有資格者を増やしたために苦境に陥った業種があります。歯科医師と弁護士です。
「虫歯の洪水」と言われた70~90年代頃までは、歯科医師は「札束を鼻紙代わりに使う」と言われたほど儲かりました。しかし、現在では全国の歯科診療所が約7万軒と「コンビニより多い」(全国のコンビニ店舗数は約5万5千軒)と言われるほど増えています。その結果、歯科診療所(個人)の平均年収は650万円以下に落ち込みました。
裁判官、検事、弁護士の資格を得るための司法試験も、かつては合格率わずか2、3%の最難関試験でした。しかし、「国民の司法へのアクセスを向上させる」という名目で各大学に法科大学院を設置し、合格者数を増やした結果、弁護士数は90年の1万3800人から15年には約3万6415人と3倍近くにも増えました。その結果、弁護士の年収も平均1106万円まで減少。年収200~300万のワーキング・プア弁護士もいると言われています。
イタリアではタクシー運転手の副業で食いつないでいる医師も
医師数もこのまま増やし続ければ、いつか歯科医師や弁護士のようにならないと限りません。人口当たりの医師数が日本の倍にもなるイタリアでは、専業では食っていけない医師が副業としてタクシードライバーをしているという話も伝わっています。実際、イタリアに留学した医師によると、現地では医師の給料は安く抑えられ、むしろ不足気味の看護師のほうが病院では優遇されているということでした。
また、医学部に入れたとしても、医師になれない人が増える可能性もあります。ここ10年、歯科医師国家試験の合格率は60~70%に絞られています。また、司法試験の合格者数も絞られ始め、17年は1543人とピーク時に比べ500人も減りました。医師国家試験の合格率は90%前後で推移していますが、国が「増やし過ぎた」と判断すれば、合格者を絞り始める可能性も十分あるでしょう。
現時点で「食いっぱぐれがないから」という近視眼的な考えだけで医学部に入ったら、もしかすると自分が想像していたのとは違う未来が待っているかもしれないのです。
※編集部より:文春オンラインの連載でおなじみの鳥集さんの最新刊『医学部』が3月20日、文春新書より発売になります。5回にわたり新刊の読みどころや話題のトピックスを紹介します。