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 南北戦争による国民的分断を物語によって和解に導いたマーク・トウェインと官軍賊軍の隔てなく、党派性のない地平で死者を供養しようとした司馬遼太郎には通じるものがあると僕は思います。

原理主義のもたらす暴力をどうやって制御するか?

――非常に示唆に富んだ視点ですね。

内田 政治というのは極限的には「こいつらは敵だ。敵は殺せ」というシンプルな命題に集約されます。この原理主義的な思考のせいで、これまでたくさんの人が苦痛を味わい、たくさんの人が殺されてきました。原理主義のもたらすこの暴力をどうやって制御するか、それが人類全体にとってつねに変わることのない最優先の倫理的課題だと僕は思っています。

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 でも、それを「原理主義は間違っている。だから原理主義者を殺せ」という言明に縮減することはできません。それだと同じことの繰り返しですから。原理主義者は「間違っている」のではありません。人として「未熟」なのです。未熟な人間は処罰の対象ではありません。教育の対象です。「もっと大人になれよ」といって導くしかない。もちろん、そんなことを言ったからといって、おいそれと「はい、悪うございました。これからがんばって大人になります」と殊勝に応じてくれるほど世の中は甘くありません。

 一人ずつ常識をわきまえた大人の頭数を増やしてゆく以外に、原理主義者の蔓延を抑制する手立てはありません。迂遠ですけれど、とにかく「大人」を増やしてゆくこと。僕たちにできるのは、それだけです。原理主義者をゼロにすることはできませんし、そもそも願うべきことでもありません。

 幼稚で、未熟で、集団を混乱に陥れる「困った人」をそこそこの数含んでいても、それでも簡単には壊れない、柔軟で寛容な社会を創り出すこと、それが喫緊の使命だと僕は思います。

 

内田樹(うちだ・たつる)
 

1950年東京生まれ。思想家、武道家、神戸女学院大学名誉教授、凱風館館長。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論など。『私家版・ユダヤ文化論』で小林秀雄賞、『日本辺境論』で新書大賞を受賞。他の著書に、『ためらいの倫理学』『レヴィナスと愛の現象学』『サル化する世界』『日本習合論』『コモンの再生』『コロナ後の世界』、編著に『人口減少社会の未来学』などがある。

街場の成熟論

内田 樹

文藝春秋

2023年9月13日 発売