発動機のスイッチはどこだ?
ますます3人は焦った。秒単位で危機が迫ってくる。
その時だった。レッコボートの無線を通して第58寿和丸に呼び掛ける声が聞こえてきた。
相手は第6寿和丸だ。現場にもうすぐ着くと告げている。無線機はレッコボート上の小さなキャビン内にあるが、助かった3人は全員、無線の使い方を知らなかった。救助を求めることもできない。
3人の中で唯一エンジンの掛け方を知っていた大道は、レッコボートのエンジンを掛けようとした。だが今度は、その発動機のスイッチが見当たらない。大道の震えはまだ止まっていなかった。焦りが出た。どうしたらいいのか。頭が混乱し、さらに焦りが増した。
「ない! ない!」
大道は叫びながら発動機のスイッチを探した。
「どこにあるんだ!」
恐ろしい時間が過ぎていく。
10秒、20秒……。ようやく、スイッチを見つけ、起動させた。
ボン、ドドドドドという音がしてエンジンが掛かる。新田はウィンチにロープをかけてレッコボートを動かし、徐々にロープを緩めていく。豊田が片手でロープを握り、もう片方の手で力を込めて間切包丁を引く。ロープをようやく切断できた。
沈みゆく船
ところが、まだ問題があった。本船とのロープは、レッコボートの船首から出ている細いワイヤーとも結ばれている。これも切断しなければならない。
気がつくと、ワイヤーは斜め下に向かって張っていた。ワイヤーの先は海中に向かっている。沈みゆく本船に引っ張られているのだ。助かった3人がロープの切断に苦闘している間も、第58寿和丸は静かに沈み続けていた。
「あっちのワイヤーを切ってないぞ!」
焦った大道がそう叫ぶ。豊田も凍り付いた。
だが次の瞬間、3人を乗せたレッコボートの重さに負けた細いワイヤーは水中で切れた。
千切れた先端はゆらゆらと海中に沈んでいく。助かった、と安堵した豊田が顔を上げると、第58寿和丸は完全に姿を消していた。
北緯35度25分、東経144度38分。
その太平洋上で第58寿和丸は、船首から沈んだ。突然の衝撃からおよそ40分後、午後1時50分頃と推測される。
ブリッジに備え付けの非常用位置指示無線標識装置(EPIRB)は、水没すると水面に浮上して救難信号を発信する仕組みになっているが、なぜか信号は発せられなかった。
この日、すなわち2008年6月23日の夕刻、海上保安庁の救難機が上空から現場海域を撮影している。その写真を見ると、中央にやや濃い油膜、その左右に薄い油膜が上から下に向かって広がっていた。
レッコボートにはバスタオルや機械類の油を拭き取る布が積んである。それらを使って豊田らが顔や体を拭くと、布は油で真っ黒になった。ボート内にあったペットボトル飲料の「お~いお茶」で口をゆすぐ。海水と一緒に口に入った油で舌先は、言いようのない違和感があった。