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「あれに乗れば助かる」

 そうやって波にもまれていた最中のことだ。

 大道は、転覆して船底を晒している第58寿和丸の風下に新田3兄弟の進を見つけた。

 新田は細長い板に体を乗せている。その先にレッコボートがあった。

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 レッコボートとは動力を持つ全長9メートルの作業用小型ボートだ。まき網漁を行う際は、このボートが巨大な網の片端を持つ。本船が網を海に投げ入れると、レッコボートは大きな輪を描くように操船して魚群を網の中に追い込んでいく。ふだんは本船の後部に搭載されているが、パラ泊中は海面に下ろし、ロープに繫いだ状態で船体の後方に流している。

 新田の姿を見つけた大道が思い切り叫んだ。

「レッコに行け!」

 その声が届いたのだろうか。

 大道が見ていると、新田は泳ぐというより、潮に流されるようにして、バタ足で真っすぐにレッコボートに向かっていく。ところが、新田に大声で指示を出した大道ら2人組はどうしていいか分からなかった。海面から顔を出すだけで精一杯だ。レッコボートは数百メートルも先にある。

 こうやっているうちに、力が尽きるかもしれない。

 大道の頭にはそんな考えが何度もよぎった。

 そのときだ。

 三角錐型の救命いかだが見えた。オレンジ色がよく目立つ。レッコボートよりはるか手前を漂っている。

 あれに乗れば助かる。

「落ち着こう、落ち着こう」

 豊田と大道は浮きから垂れ下がるロープをつかんだまま、救命いかだを目指そうとした。

 しかし、黒いドロッとした油の波に逆らう格好になって、思うように進めない。風と波に立ち向かうようにして、ロープをつかんだ状態のまま泳がねばならない。

 豊田と大道は、なかなか近づくことができなかった。そうしているうちに救命いかだが遠ざかる。

「落ち着こう、落ち着こう」

 豊田はそう口にした。

 絶望と希望。

 興奮と冷静さ。

 そうしたものがないまぜになる中、豊田と大道の2人は、本船とレッコボートをつないでいる長いロープを目指すことにした。かなりの距離があるが、ロープ自体は見えている。パラ泊中、レッコボートを本船後ろに流しておくためのロープだ。

 南の風10メートル、波浪2メートル。海水温は20・1度だった。

 そんな海況のなか、第58寿和丸は風上で赤茶色の船底をさらしていた。レッコボートは風下だ。双方をつなぐロープの長さは250メートルほどある。あのロープをつかむことができれば、ロープ伝いにレッコボートに行けるかもしれない。レッコボートにたどり着ければ助かる。今まさに新田はそのボートを目指している。運が良ければ、そこで合流できる。

 豊田と大道はやっとの思いでロープまで泳いで移動した。つかまると、体は風に乗り、思いのほか速いスピードで風下のレッコボート側へ流されていく。