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 今度は豊田を助けなければならない。

 新田は、豊田にも浮き輪を投げた。

 この時、豊田の力は尽きかけていた。レッコボートまでたどり着いた豊田を、新田と大道は2人がかりで引き上げようとした。

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 豊田の身体も油まみれだった。力を入れて引っ張り上げようとして、豊田の手をつかもうとすると、ヌルッと滑っていく。身体も滑る。なかなかレッコボートに引き上げられない。

 弱りきった豊田には、手を強く握り返す力は残っていない。

 それでも、新田と大道の2人はなんとか豊田を引き上げた。助けてもらった豊田はこのとき、神棚に飾ろうと思っていたあの流木をやむを得ず手放している。両手で浮き輪のロープにつかまるためだった。

 3人がレッコボートに上がったとき、ボートの時計は13時45分を指していた。豊田は「転覆から10分か15分程度」と感じていたが、実際にはおよそ30分もの間、海中でもまれていたことになる。

©AFLO

命を救ったロープが凶器に

 レッコボート上の大道は全身の震えが止まらなかった。ひっくり返った第58寿和丸は、250メートルほど先で沈みつつある。ついさっきまで乗り込んでいた船だ。怖くてまともに見ることができない。波にもまれている時は「レッコまで行けば助かる。俺が助かったら、他の人も助けられる」と思っていた。しかし、レッコボートに上がった途端、恐怖で震えが止まらなくなった。

 この時点で第58寿和丸は、船底を晒した状態で船首を海中に沈めていた。もう、船尾しか海面に出てない。スクリューのプロペラと舵だけがわずかに見えていた。

 今まさに沈もうとしている船は、レッコボートと固くつながっている。安堵したのもつかの間、命を救ってくれたロープは一転して恐るべき凶器になろうとしていた。

 このまま第58寿和丸が沈んでいけば、3人の乗るレッコボートは一緒に海底へ引きずり込まれる。そうなったら、ようやく命をつないだ豊田、大道、新田の3人は再び海に放り出されてしまう。

 レッコボート船首の金具部分から伸びるロープは、第58寿和丸と頑丈につながっている。

 ロープは棒のようにピンと固く張り詰め、どこにも緩みは感じられない。

 助かった3人は再び焦り始めた。

 ロープを切らねばならない。一刻も早く、本船と断ち切らねばならない。

 豊田と新田がレッコボートのへりから身を乗り出し、ロープを切ろうとした。ピンと張ったロープは鉄のように硬い。2人はそれぞれに間切包丁を持ち、代わる代わるロープに当てた。2度、3度、4度……。全く歯が立たない。

 レッコボートが波にもまれ、揺れる。ピンと張ったロープはさらに硬度を増したように思えてくる。

 時間がない。

 このまま第58 寿和丸もろとも海に沈むのか。