「はいっ、その通りです!」
「じゃあ、さすがに学生服はまずいだろう。いくら安月給とはいえ、おまえも東映の看板を背負った主演俳優の一人なんだから。これを着てみろ」
そう言ってチャコールグレーのスーツを2着、ポンとくださったのだ。
袖を通してみて、新品同然なのは、すぐに分かった。健さんの思いやりに感激し、思わず涙が出そうだった。
「こんな高価なスーツをいただいていいんですか」
「いいに決まってるよ」
2着とも擦り切れるほど着た。しかし、捨てずに今も持っている。私にとっては永遠の宝物だ。
この頃から私は、自分の撮影がないときは、健さんの押しかけ付き人のようなことをさせてもらうようになった。健さんは、仕事に対して極めてストイックに向き合った。自分に対し、どこまでも厳しくなれる人だった。だから、そばにいるだけで、俳優としても人間としても勉強になることばかりだった。
念願の健さんとの共演作『カミカゼ野郎 真昼の決斗』は、ほとんどの撮影が台湾で行われた。
「千葉、ピョンピョンだよ、ピョンピョン」
私の役は殺人事件の容疑者にされてしまうパイロット。正体不明の敵と追いつ追われつの攻防を繰り広げながら、事件の真相を解明していくという冒険活劇である。もちろん、私ならではのアクションシーンは至るところに用意されている。
一方、健さんの役は事件の秘密を探ろうとする新聞記者。超多忙の合間を縫って、台湾の撮影にも参加してくれた。ロケがない日は朝のジョギングから夕食まで、終日、健さんにつきあった。
「何を食べましょうか」
「もちろん、中華だよ」
健さんは、とにかく中華が好きだった。中華食べたさに、この映画に出てくれたのかと思ったほどだ。
一度、2人ともメニューを見ただけでは何の料理か分からないことがあった。健さんが自分の勘で頼んだ料理が出てきた。
「うん、イケる。千葉、おまえも食べてみろよ」
うれしそうな顔で健さんが店の主人に何の料理かを確かめてみたところ、なんとカエルの料理だった。
「千葉、ピョンピョンだよ、ピョンピョン」
茶目っ気たっぷりの表情でカエルを食べる健さんの顔が、今も忘れられない。
1年後、私は再び、自分の主演作に出てほしくて健さんにお願いに行った。
「もうダメだな。千葉、調子に乗んなよ(笑)」
あっさり断られてしまった。考えてみれば、健さんのようなスターが何度も脇役で映画に出るはずがないのだ。
思えば『カミカゼ野郎』は、私の主演作で健さんに出てもらった唯一の映画である。