ついに史上初となる「八冠制覇」の偉業を成し遂げた天才棋士・藤井聡太。その師匠である杉本昌隆八段が、瞬く間に頂点に立った弟子との交流と、将棋界のちょっとユーモラスな出来事を綴ったエッセイ集『師匠はつらいよ 藤井聡太のいる日常』(文藝春秋)を刊行。現在、4万部を超すベストセラーとなっている。
その中の一篇「ライバルという存在」(2021年11月25日号)を転載する。
(段位・肩書・年齢などは、誌面掲載時のものです)
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「将棋のタイトル戦って指名制なんですか?」
ライバルとは、自分と同等の能力を持つ競争相手のこと。宿敵とも言われる。
将棋界のライバル対決といえば、古くは大山康晴十五世名人対升田幸三実力制第四代名人戦。 私の少年時代は中原誠名人対米長邦雄九段戦がゴールデンカードであった。
平成なら谷川浩司九段対羽生善治九段戦。佐藤康光九段や森内俊之九段、郷田真隆九段の名前も浮かぶ。ライバルの激突はファンを熱くさせるものなのだ。
今は豊島将之竜王対藤井聡太三冠戦だろう(肩書きは今回の竜王戦開始時点) 。両者の対局は今年だけで実に16局に及ぶ。豊島竜王31歳、藤井三冠19歳。恐るべきスピードでトップ棋士と肩を並べた藤井三冠だけに、常に対戦相手は年上。彼がどの地位まで登り詰めたとしても、同郷の豊島竜王はライバルと言うより学ぶべき先輩なのかも知れない。
さて同じ顔ぶれのタイトル戦をよく見るせいか、将棋を知らない女性にこんなことを聞かれた。
「将棋のタイトル戦って指名制なんですか?」
格闘技のタイトルマッチだとあるようだが、勝ち抜かねば挑戦権を得られない将棋でそれはない
でも、実際に指名制度があったらどうだろう。
「未成年の藤井聡太さんの挑戦は来年以降に。とりあえず今年は師匠の杉本さんが代役で……」
おおっ指名制度、悪くないではないか。
閑話休題。やはりライバルは手強く、ときに疎ましいもの。仕事、恋愛、趣味……あらゆる場所で立ち塞がり、それゆえに自分を奮い立たせてくれる。