身内の保身のために揉み消された
個人的な恨みを晴らす復讐にあった
これだと思った。もしかしたら未解決事件の背景にあるのは、壮大な陰謀や思想信条とは無縁の、人間臭い“いざこざ”だったのかもしれない。であれば、明らかになっていない、あったはずの“事実”を物語にして、事件に関わった人々の心情をくみ上げることができるのではないか。
準備を整え、昨年の春ごろから執筆を始めた。物語の太い柱は、過去の謎解きだけにとどめるつもりはなかった。自分なりにこの事件をモチーフにして、現代とつながるテーマを見出して、ひとつの物語にしたいと考えていた。
途中、執筆を進めていくなかで思いもよらぬことが起きた。安倍元首相が銃撃されたのである。ニュースを知ったとき、全身に鳥肌が立った。国の要人を狙った銃撃、しかも宗教が絡んだ事件という点で自分の描いていた物語と重なる点がいくつもあった。
何度も書き直して実感したこと
そのころは、物語のなかで「罪を犯した側」の人間を描いていた時期でもあった。安倍元首相の事件で加害者の抱えていた事情が報道で明らかにされるにつれて、世論が急激に変化していく。それは執筆にも少なからず影響を与えた。なぜこうなったのか。どう受け止めればいいのか。執筆の際、自問自答を繰り返した。思考がはたと止まり文章が書けなくなることもあれば、何かに取りつかれたように何時間も書き続けることもあった。
何度も書き直し、これで書ききったとようやく実感した。胸のなかにあったざわつきもいつしか消えていた。物語を最初に読んでくれた編集者が「これは“キタ”んじゃないですか」といってくれた。その言葉を聞いた瞬間、自分のなかで“警察庁長官狙撃事件”がようやく終わったと実感した。
自身の感覚を信じて書きあげた“公訴時効から始まった”ミステリー小説が多くの方々に届いてほしいと今は心から願っている。