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「話の筋はごくシンプルです」渡辺大知が語る、村上春樹の“怪物みたいな作品”の構造

渡辺大知(ミュージシャン・俳優)――クローズアップ

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「あともう少しで、ひとつ上の次元に行ける、新しい世界が見られる――。3年前、やっと迎えた本番を重ねながら、そんな手ごたえを感じていました。ところが、その直後にコロナ禍で公演が中止になってしまって、とても悔しかった。だから再演の話を聞いた時は、また、あの先に挑戦できる、と思ってうれしかったですね」

 そう語るのは、俳優の渡辺大知さん。このたび再演される(初演は2020年2月)、村上春樹さんの小説が原作の舞台『ねじまき鳥クロニクル』で、再び主演をつとめる。

渡辺大知さん

「初演時の稽古では、この怪物みたいな作品をどう解きほぐせばいいのか、スタッフもキャストも全員で、あれこれアイデアを出しながら全力で戦いました。そしてそれは、最高に幸せな時間だったんです。まだ誰も見たことがない、想像もつかないものに挑戦している実感がありましたし」

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 今回も、初演と同じく演出を手掛けるのはイスラエルの奇才インバル・ピントと気鋭のアミール・クリガー、脚本は演劇界の俊英・藤田貴大、音楽は大友良英。国内外のトップクリエイターたちが集結した。

 主人公・岡田トオルは、不思議な少女メイに導かれ、失踪した妻クミコを探す旅に出る。一方、義兄ノボルは、彼女に戻る意思はないという。さまざまな人物と出会う中で、トオルは自問自答を続ける。何がいけなかったのか? やがて自分の潜在意識下の“悪”とも対峙することになり……。

「話の筋はごくシンプルです。物語を複雑にしているのがメインストーリーに挟まってくる様々な層(レイヤー)。例えば、経験したことのない戦争や出会ってもいない女性との関わりなどが、互いに絡み合う糸のように現れる。それらに翻弄されるうちに主人公は気付くんです。一見、自分とは何の関係もないものが、無意識下においてはすごく密接なものであったり、時空を超えたところで戦わなくちゃいけないものであるということに。そして、一体、自分に何ができるかを考える。つまり、考えることが主人公にとっての戦いでもある。僕は、そういう物語だと思っています」

 この多層的な物語世界を舞台上で具現化するため、本作では、さまざまな演出が凝らされる。実は、この舞台上で主人公を演じるのは渡辺さんだけではない。同じく主演である成河(ソンハ)さんの役もまた、岡田トオル。そして、渡辺さん演じるトオルと、文字通り“自問自答”を繰り広げる。

「村上春樹さんの小説は、ただ筋を追うだけではない、もっと深い読書体験をもたらしてくれますよね。この舞台にも、その感覚は共通していると思います。それを一番担ってくれているのが、ダンサーたち。それから音楽、美術」

 そして歌。ミュージシャンでもある渡辺さん。今回も劇中で歌うシーンは多いが……。

「やっぱり、これまで自分が歌ってきたものとは全然違います。物語を伝えるために、言葉の延長として生まれた歌。本当に、得体の知れない、価値観を変えられる舞台です」

わたなべだいち/1990年生まれ、兵庫県出身。高校在籍中にロックバンド「黒猫チェルシー」を結成、ボーカルを務める。2010年にメジャーデビュー(18年10月に活動休止)。俳優としては09年の映画『色即ぜねれいしょん』主演でデビュー。同作で日本アカデミー賞新人俳優賞受賞。その後、数多くの映画、ドラマに出演している。

INFORMATION

舞台『ねじまき鳥クロニクル』
11月7日~26日、東京・東京芸術劇場プレイハウスにて。その後、大阪、愛知で公演予定
https://horipro-stage.jp/stage/nejimaki2023/

「話の筋はごくシンプルです」渡辺大知が語る、村上春樹の“怪物みたいな作品”の構造

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