『舟を編む』『茜色に焼かれる』の石井裕也監督がオリジナル脚本で描く『愛にイナズマ』は、愛と反逆の物語だ。アフターコロナの世界を舞台に、随所で“小さい布マスク”が登場する。

「この数年、不合理なことが多かったですよね。最たるものは、こんなに苦しめられたコロナがなかったことにされようとしていることです。そもそも、そんな不合理や理不尽に立ち向かうのが映画なので、この作品は今やらなければダメだと思いました」

石井裕也監督

 映画監督志望の花子(松岡茉優)は監督デビューに向けて作品を準備中だが、プロデューサー達からはダメ出しされてばかり。映画を撮りたい理由を聞かれ「とにかく夢だったから」と答えると、幼稚だと切り捨てられてしまう。

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「松岡さんが持ってる真っ直ぐさやあり余るエネルギーが、花子の“痛さ”に繋がっていると思います。松岡さんは花子に似てるんです。……って、いま松岡さんのせいにしましたけど(笑)、花子には自分も投影されていますね。自分の過去の“若さ”は今の生き方の指標になっていると思います。若い時は何も怖くなかったし、そんな当時の自分と比べて、今の自分は同じように真剣に物事に向き合えているだろうか、と考えることも多いです」

 気合十分で撮影に臨む花子だったが、プロデューサーに騙され作品を奪われてしまう。失意に沈むも、運命的に出会った恋人の正夫(窪田正孝)に励まされて反撃を決意。10年以上音信不通だった家族を集めて映画を撮ろうと企てる。

 妻に出て行かれた父(佐藤浩市)、口だけが上手い長男(池松壮亮)、真面目で大人しい次男(若葉竜也)はカメラを向けられ戸惑うが、そんな彼らに花子は苛立ち、「ぬるいんだよ!」とブチ切れ。熱量のある芝居とテンポのよい会話で繰り広げられる家族喧嘩のシーンは笑いを誘う。

「彼らの存在の炸裂を見たかったんです。名うての俳優たちが、カメラを向け合いながら『お前の本質はどこにあるんだ』と質し続けるシチュエーションは、そんな炸裂が起きる予感がありました」

 カメラを前に少しずつ本音を語りだす家族たち。ある秘密が明らかになるにつれ絆を取り戻していく姿は、確かに愛に溢れている。

©2023「愛にイナズマ」製作委員会

「浩市さんとは10年くらいの付き合いになるのですが、今回のオファーを即決してくれました。撮影前に何度も電話やメールをくれて、本当に、この映画の一部になろうとしてくださいましたね。

 初号試写の後に浩市さんと飲んでいて、僕が『これ、闘争の映画になってますよね』と言ったら、浩市さんが、『だな。でも、闘争と逃亡の映画だろ』って仰って。身体を使って表現をしている人の生きた言葉には勝てないなと思いました」

 タイトルにある「イナズマ」も、印象的な場面で轟く。

「人間の本質を一瞬だけ照らしてみたかったんです。太陽のような光でじっくり炙り出すのではなく、稲妻の一瞬の光で見せたいなと。そのイメージは最初からありましたね」

いしいゆうや/1983年生まれ。埼玉県出身。大阪芸術大学の卒業制作『剝き出しにっぽん』(05)がぴあフィルムフェスティバルでグランプリを受賞。日本アカデミー賞で『舟を編む』(13)が最優秀作品賞、最優秀監督賞を受賞。他の監督作に、『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』、『町田くんの世界』、『生きちゃった』、『茜色に焼かれる』、『アジアの天使』、現在公開中の『月』など。

INFORMATION

映画『愛にイナズマ』
10月27日公開
https://ainiinazuma.jp/