ワイヤーが発する“ギシギシ”という音とともに坑内を上る
インクラインは主に資材や鉱石の運搬のために設置されるもので、一般人が乗れる機会は限られる。神奈川県にある宮ヶ瀬ダムインクラインや、高知県にある馬路森林鉄道インクラインでは、料金を払って乗車することができるが、地下の坑内で、かつ産業用として現役で使われているインクラインに乗車できるのは、日本でここだけだろう。
発電所では、発電機内の水車や変圧器など、非常に大きくて重い機材が多く使われている。そうした機材を運ぶにあたり、欅平からのルートでは竪坑エレベーターの耐荷重(最大4.5トン)がネックとなり、運べなかった。そのため、黒四で使用される大型機材は、長野方面からこのインクラインを経由して運ばれている。巨大なインクラインの台車は、25トンもの重量物を運ぶことができるのだ。
発車ブザーが鳴り、静かに出発すると、ワイヤーが発する“ギシギシ”という音だけが坑内に響く。インクラインは815メートルの距離を20分かけてゆっくりと上ってゆく。座席は水平を保っているが、窓の外を見ると車窓が斜めに流れている。
10分後、ちょうど中間地点に差しかかると、ここだけが複線になっており、下りの台車とすれ違う。
2台の台車をワイヤーで繋いで上下させる構造は、一般的なケーブルカーと同じだが、産業用に設計された巨大な台車は観光用のそれとは迫力が違う。
20分の乗車で上部に到着すると、名残り惜しいがインクラインと別れ、今度はバスに乗り込む。
そして、ツアーの終点・黒部ダムに到着。黒部ダムの壮大な景色が、より重みを増して見える。視界に入る限りのコンクリートの巨大な塊をこの地に築くために、どれほどの労力を要したのだろうか。想像しただけで、気が遠くなる。
富山市街からカウントすると、7つの乗り物を乗り継ぎ、6時間かけて黒部ダムに到着した。その道のりからも、かつての人々がいかに過酷な場所にダムを造ったのかがうかがい知れる。