発車してほどなく、列車は“高熱隧道”へ
バッテリーロコは、通常、鉱山やトンネル工事現場の坑内で使用されている機関車であり、一般の鉄道ではまず使用されない。
地下でディーゼル機関車だと排気の問題があるし、電気機関車だと架線等の設備を常設する必要があり、坑道の高さも必要となる。
バッテリーロコは充電する必要があるが、狭い坑内では使い勝手がよいため重宝されるわけだ。地下坑内ならではの乗り物といっていいだろう。
バッテリーロコが牽引する客車に30分ほど乗車し、関西電力上部専用軌道と呼ばれる路線を6.5キロ移動する。発車してほどなく、列車は「高熱隧道」に差しかかる。この場所には高熱の断層が存在し、トンネル掘削時における最大の難所となったのだ。
岩盤の温度は、最高で166度にも達した。触れると火傷を負う岩盤を手作業で掘削したのだから、過酷を極めた現場の様子が想像される。高熱から掘削作業者を守るため、後ろから黒部峡谷の冷たい湧水を放水した。放水する作業者を守るため、さらにその後ろから放水し、天井からは冷水のシャワーも浴びせて、なんとか掘削を進めたという。
当時、岩盤に穴をあけてダイナマイトで発破しようとした際には、あまりに高温であるためダイナマイトが自然発火する事故が発生。複数の殉職者を出した。以降は、氷で岩盤を冷やしてからダイナマイトを挿入し、速やかに発破するといった対策で工事を進行……。想像を絶する過酷な環境下でもトンネルを掘り続けた当時の状況は、小説『高熱隧道』(吉村昭著)にも描かれている。なお、当時の作業員には相場の10倍程度の賃金が支払われたという。
高熱隧道は年月の経過とともに温度が下がっているものの、現在でも気温が40度におよぶ。高温多湿な坑内では、トロッコの軌道敷もすぐに腐食してしまい、架線もダメになってしまう。そのため、架線設備を必要としないバッテリーロコが採用されているのだ。客車も耐熱式客車を使用している。
列車が高熱隧道を通過すると、かすかに硫黄の臭気が立ち込めた。車内の温度も、少し暖かくなったように感じる。安全上の理由で列車から降りることができないため、通過する列車の中にはなるが、高熱隧道のわずかな痕跡をたしかに体感した。