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睡眠負債という概念

 柳沢機構長が発見した「オレキシン」の拮抗薬が不眠症治療薬として発売されている。オレキシン拮抗薬は髄液中のアミロイドβやリン酸化タウタンパク質を減らすという最新の研究もある。

「一晩だけの急性効果のデータであるため、認知症の予防になるかどうかはまだ分かりません。しかしこれは期待の持てる報告です。オレキシン受容体拮抗薬には依存性がないため、眠れるようになったら卒業できるという利点もあります」

 付け加えると、マウスレベルの実験では、レム睡眠を人工的に増やしたマウスは、アルツハイマー病の原因となるアミロイドβが減ることも分かった。さらにレム睡眠増加マウスはストレス耐性が向上し、アルツハイマー病モデルマウスの実験でも、レム睡眠量が少ない個体ほど学習成績が悪い。

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「これらのデータから、加齢の影響を少なくする一番の近道は、睡眠時間について考えることだと言えるのではないでしょうか」

 では、睡眠が老化と深くかかわっているとするのであれば、その「質」や「量」を具体的にはどのようにコントロールすればいいのか。

 ここで重要なのは、睡眠がいかに大切であっても、「寝溜め」することはできないということである。

「睡眠負債」は返済困難

 そこで用いられるのが「睡眠負債」という概念だ。睡眠負債とは、睡眠不足が続いた際に累積した「本来寝るべき時間」のことである。負債を負わないのが一番だが、もしも溜まってしまったら、早めの返済が必要である。

「自覚的に十分に眠れているという健康な若者でも、実際には睡眠負債は1日1時間あり、それを完済するには4日間かかるという報告があります。この実験では、若者に好きなだけ寝るように指示すると、初日は10時間以上眠りました。これは一晩徹夜したあとの睡眠時間と同じくらいです。翌日からだんだんと睡眠時間が減ってきて、4~5日目には8時間半に落ち着きます。この状態は完全に充足した睡眠時間が取れていて、それ以上は眠れないということです。つまり、十分に眠れていると自覚していても、じつは睡眠負債を負っていることとなります」

 とはいえ、睡眠負債を返済するために週末にたくさん眠ろうとしても、そこには社会的な日常と個人の生体リズムの不整合を表す「ソーシャルジェットラグ(社会的時差ボケ)」という問題もある。