ここで興味深い研究がある。2020年にスタンフォード大学などの研究グループによって発表された、レム睡眠の割合と死亡率との関係を調べたものだ。高齢男性を12年間追跡調査した結果、レム睡眠が5%減るごとに総死亡率が13%も上昇したというのだ。さらに心血管疾患による死亡リスクも11%上昇するという。
その後、研究グループが女性においても追試し、レム睡眠と死亡リスクの関係が有意であることがわかった。一方でノンレム睡眠の3つのステージとレム睡眠について死亡率を比較検討したところ、死亡率と最も関係するのはレム睡眠だとわかった。
なぜレム睡眠がそれほど寿命と関わるのかはまだ明らかになっていないが、「レム睡眠は夜の後半に増えてくるので、睡眠不足で最初に削られるのがレム睡眠だからではないかと考えられる」と柳沢機構長は述べる。
さらに、睡眠が減ると実年齢以上に加齢が加速してしまうという。
「睡眠は加齢とも相関しています。不十分で良くない睡眠を続けていると加齢関連疾患が加速します」
「レム睡眠」減少のリスク
たとえば、認知症。65歳の非認知症者1041人を対象としたコホート研究(疾病の要因と発症の関連を調べるために大勢の人を長期観察する研究)では、睡眠不足によって高まる認知症のリスクは4倍。一方で、レム睡眠が1%減るごとに認知症のリスクが9%増加することもわかっている。
さらに、メタボリック症候群も寿命と同様に7時間を底にJカーブを描いており、うつ病と睡眠の関係も明らかになっている。それだけ睡眠と加齢関連疾患との関係には根深いものがあるのだ。
「逆に、個々人の睡眠の詳しい様態は、脳の老化を表す一つのマーカーになりえます」
つまり、その人の睡眠の質を調べることによって、脳の老化の具合を判定できるということになる。
「年をとって寝られなくなった」「早く目が覚めるようになった」というお年寄りは多いが、確かに高齢になると睡眠時間は少しずつ減少する。さらに就寝時間も起床時刻も早くなるので、睡眠の中央時刻(就寝と起床の真ん中の時刻)が前倒しになり、若年者に比べて深睡眠とレム睡眠が減少していく。
「高齢者は中途覚醒が多く、連続した睡眠が維持できなくなる。良い睡眠は脳の加齢や身体の加齢関連疾患を予防すると考えられます」
だからといって、睡眠薬を使ってでも眠ればいいかといえば、必ずしもそうではないと柳沢機構長は言う。
「従来の睡眠薬を何年も続けて飲んでいると認知症のリスクが増えるという報告もあるし、薬によっては耐性や依存性が出るものもあるため注意が必要です」