先生への賄賂が授業料
(7)ファン・ジェヒ(36歳・男性)
──獣医だそうだが、国の仕事だから待遇はいいのでは?
「(大きくため息をついたあと、苦笑しながら)配給が10日分か15日分出るときはありますが、商売しなければ誰も食べていけませんよ。この季節はマツタケを売ります」
──最近では、飢え死にする人はいないのでは?
「以前よりよくなったとはいえ、死ぬことができないから生きているだけです。いまの季節は、飢えて死にません。野原に出れば、穀物を泥棒して食べられますからね」
──金正恩委員長について。
「以前は、みんなで集まっても体制批判するのは容易でなかった。でもいまは、祝日や誕生日に集まってお酒を1杯飲めば、最高指導者に対して悪口を言い合います。『自分だけ飯を食らって腹がいっぱいだから、あんなことをしている』と。庶民が食べていくのに、核やミサイルなんか必要ないじゃないですか」
──金正男氏が海外で暗殺されたが?
「その人が大統領になりそうだから殺したという話が、村で広がっています。叔父の張成沢も殺し、兄も殺すのだから、私たちが何か失敗すれば『この野郎、子牛め!』と言って撃ち殺すのは簡単です」
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(8)チャ・ユンヘ(24歳・女性・大学3年生)
保衛部に監視されていないかという不安が、震える小さな声から伝わる。「受信状態がよく、周りに往来する人がいない山に登って電話を受けている」とチャさんは言った。
──学校生活はどんな様子か。
「寮生活をしています。学生同士でひと月に30万ウォンほど、生活費を出し合っています。家からもらうお金では足りないから、商売もしています。粉せっけんや飴やお菓子を卸売りで買って、自分で小さく包装して、田舎に行って売るんです。
先生たちに賄賂を渡す以外に、授業料はかかりません。1人の先生に最高で50万ウォンを渡したことがあります。いくら勉強を頑張っても、賄賂を渡さなければテストの成績はよくなりません」
北朝鮮の大学教授には、給与がほとんど支給されない。国は給与の支払いを学生に押しつけているのだ。
──核実験やミサイル発射について、大学ではどう教えているか。
「ときどき講堂で糾弾会を開いて、先生たちが『我が国が核やミサイルを持って強くなったから、侵略されない』と言っています」
──あなたの考えは?
「国は核を持っているから安全だと言うけど、人民はそう思っていません。私は、食糧事情を少しでもよくしたらいいと思います。商売しながら勉強するので、とても疲れて生きられません。暮らしがだんだん上向くことはないし……」
──米朝間の緊張について、どの程度、危機感をもっているのか。
「生活があまりにも大変だから、『なるようになれ。今日にでも戦争が起こったらいい』と思っています」
北朝鮮市民の「戦争が起こったらいい」は、いつも聞く言葉だ。苦しい生活のため、何らかの変化を望む気持ちにほかならない。
このチャさんは、卒業後は教養園(幼稚園)の教師になるそうだ。
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このほか、中国との国境近くに住む3人と通話した。刑務所から出てきたばかりという46歳の男性(9)は、「アメリカの核の脅威を受けているのだから、核開発は当然だ。アメリカは昔から『攻撃する』と言っているが、いままでできずにいるのだから、怖くない」と言った。
餅を作って市場で売っているという61歳の女性(10)に、金正男氏暗殺について訊くと、「うわさは聞いたけど、公表していないから人民は知りませんよ。(金一族の)子供が何人か、奥さんが何人か、まったく知りません。誰が兄で誰が弟なのか、私たちはよくわからないのよ」との答えだった。
北朝鮮市民の6割が暖房に使っているという練炭を作って売る50歳の女性(11)に「欲しい物は何か」と尋ねると「世界情勢を知るにはラジオが必要です」と答えたので驚いた。食べ物や生活用品よりもラジオとは。それだけ、外の世界のニュースに飢えているのだろう。