私も韓国に行きたい
(14)ソン・スジ(21歳・女性・大学生)
国境に住む叔父から、平壌在住の姪への通話。姪は、名門大学に通う学生だ。
「いま学校から帰って来て、疲れて寮にいます。そろそろ試験期間なので、タバコがなければ試験を受けられませんよ」
賄賂として、教授にタバコを渡さなければならないという意味。平壌の名門大学も、地方と同じらしい。
──米朝間の危機が世界で報道されているけど、知っているか。
「講演会で『私たちがもう核を持っているから、アメリカの奴らは身動きできない』と言ってますけど、学生同士だと『戦っても相手にならない。負けるしかない』と……。ところでおじさん、なぜこんな話を? 携帯電話も盗聴されているのに。私は戦争なんか興味ないですよ。学校生活が大変で」
──金正恩委員長をどう思う?祖父、父と比較すれば。
「首領様と同様の方(笑)」
この笑いは、本音ではないよ、という意味に聞こえた。
──学校の友達は何と?
「自分のお兄さんも叔父さんも殺すのに、私たちを殺さない理由があるかしら。彼が早く死ななければいけない。はっきりとは言わないけど、友達同士で、そう話します」
──ほかの人とそんな話をしたら政治犯収容所行きだよ。気をつけなさい。
「おじさん、地方にはまだ脱北する人が多いですか。私が国境出身だから、友達からよく聞かれるんです」
──多いよ。警備が強化されてるときは少ないけど、緩くなると、かなり逃げるよ。
「脱北した人は、韓国からお金をたくさん送ってくるようですね」
──たくさん送って来るね。うちの村は皆脱北してがらんとしたよ。
「私も韓国に行ければいいな」
──おい! そんなこと言うな。家族や親戚を皆殺しにしたいのか。
「韓国のドラマをたくさん見るから、友達と『遊びに行ってみたいね』と話すんです」
──南朝鮮に遊びに行きたいの? ドラマで見たものを見たくて?
「は~い。そうです(笑)」
暮らしぶりがまったく改善されていない
金正日総書記が死亡した2011年末からこれまで4回ほど、同じ形で北朝鮮市民への電話取材を行なった。証言を通じてわかるのは、6年前から、暮らしぶりがまったく改善されていないこと。今回初めて話を聞いた平壌市民の生活も、地方とさほど変わりなさそうだった。
人々は若い指導者に変化を期待したが、いまは諦めに変わっている。エリートであるはずの、平壌の名門大学の学生でさえそう考えていることもわかった。
国際社会による経済制裁が、政権中枢にどの程度の打撃を与えているかわからない。しかし米やガソリンの価格上昇という形で、庶民の暮らしを直撃している実情は見えた。金正恩委員長は今後、市民たちの不満にどう向き合っていくのだろうか。
勇気を奮って取材を受けてくれた北朝鮮のみなさんに感謝し、これからの安寧を祈る。
(「文藝春秋」2017年12月号)