14歳2か月での史上最年少プロデビュー後、29連勝、最年少タイトル、最年少名人位獲得、さらには前人未到の八冠独占......次々と将棋界の記録と常識を塗り替えていく藤井聡太竜王・名人。
そんな“令和の覇者”の「圧倒的強さ」「真理に迫る一手」の秘密を、羽生世代のレジェンド棋士・森内俊之九段が鋭く深い視点で読み解く。『超進化論 藤井聡太 将棋AI時代の「最強」とは何か』(飛鳥新社)から一部を抜粋してお届けする。
暗記と集中力
よく「将棋は暗記すれば勝てるか」と聞かれるが、これは理論的には「YES」、現実的には「NO」だ。
もちろん、あらゆる変化を究極的に暗記すれば将棋の解明に近づくが、このときに求められる情報の量は、想像するよりも遥かに大きい。
将棋の有効局面数は、10の68乗から69乗と推測されている。これは数字の位で言えば“無量大数”だ。1無量大数は、銀河系に含まれる原子の総数に近い数字だと言われているが、そう説明されても、人間にとっては正直ピンとこない数字だろう。
将棋は、1か所でも形が違えば結論がガラリと変わるケースが多い。
「過去の実戦では出ていない局面だけど、似た形でこう指していたから同じように指せばいいだろう」
そういう考えで戦うと、痛い目に遭う。記憶がプラスに作用することもあるが、記憶だけで勝つのは現実的ではないのだ。
それに、そもそもまず研究に使っているAIが正しい答えを出すとは限らない、という前提がある。
また、先に書いた通り、局面は一手進むごとに変化をし続ける。そのため、ずっとAIを使った事前研究を参考にできるわけではなく、事前研究を離れるタイミングがどこかで来る。研究から離れたところでどう指すかが大切であり、勝負を分ける。
また研究から離れれば、ある程度の頻度で“ミス”をすることは避けられない。