14歳2か月での史上最年少プロデビュー後、29連勝、最年少タイトル、最年少名人位獲得、さらには前人未到の八冠独占......次々と将棋界の記録と常識を塗り替えていく藤井聡太竜王・名人。

 そんな“令和の覇者”の「圧倒的強さ」「真理に迫る一手」の秘密を、羽生世代のレジェンド棋士・森内俊之九段が鋭く深い視点で読み解く。『超進化論 藤井聡太 将棋AI時代の「最強」とは何か』(飛鳥新社)から一部を抜粋してお届けする。

十八世名人の資格をもつ森内俊之九段 ©文藝春秋

トップ棋士すら嵌る「圧の正体」

 現在の将棋界において、タイトルや棋戦優勝を勝ち取るには藤井さんが高い壁として立ちはだかる。すでに七冠を手中に収めて、前人未踏の八冠完全制覇をも射程圏内に捉えている以上、勝ち進めば、藤井さんとの対戦は避けて通れないものになる。

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 藤井さんと戦うには、一体、どこに活路を見出だせばいいのだろう。

 私の見る限り、現在の藤井さんには弱点らしい弱点はない。

 なぜ弱点がないのか。まず、藤井さんの将棋は、真っすぐな将棋で自然な手が多く、無理をする手が少ない。そして、特定の得意な展開を持っていないため、対策を絞ることが難しい。

 得意戦法や棋風を持っていることは武器だと思われがちだが、現在のトップレベルにおいては諸刃の剣だ。得意戦法を常に指せるということは「その戦法をやられても構わない」と相手が思っているということにもなる。著書の中で藤井さん自身も、こう認めている。

《指していくなかで、自分の棋風のようなものが出せればいいなとは思うんですが、特徴は裏を返せば、弱みになってしまう可能性もあるので》

 2022年度の藤井さんは、先手角換わりでの勝率が高いことで注目されたが、これも角換わりが得意でその形に持っていこうというよりも、藤井さんにとって自然に指しているとその形になる、という感じではないだろうか。逆にやや苦しいとされる後手番では、定跡の最前線で細かく工夫を重ねている。