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 タイトル戦の舞台で羽生さんに初めて勝ったのは、失冠した名人戦と同じ年に行われた竜王戦だった。4勝ストレートで初めての竜王位を獲得すると、私の調子が一気に上がって、2004年には王将戦、名人戦と立て続けに羽生さんからタイトルを奪取。その後、名人位を保持し続け、2007年には通算5期を達成。羽生さんよりも先に、永世名人の有資格者となることができた。

棋聖戦二次予選で約1年半ぶりに対局

 私がここまでタイトル戦で勝てるようになったのは、長年にわたって仲間であり、目標と言える羽生さんと切磋琢磨し続けたからこそだ。

 2022年11月、棋聖戦二次予選で羽生さんとおよそ1年半ぶりに対局した。

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 当時の羽生さんは、並行して行われていた王将戦リーグを5連勝して、最終戦を8日後に控えている状況。久しぶりに将棋盤を挟んでみて、気持ちが盛り上がっているのを感じた。盤上でも意欲的な手が目立ち、「充実しているな」と感じたものだ。

 羽生さんと初めて出会ってから40年が経っても、こうして真剣勝負をしていることは感慨深い。長い道を歩いてきたな、と思う。

森内俊之九段 ©文藝春秋

覇者の「共通点」

 そんな羽生さんと藤井さんは、重なる部分もある。

 まず、単なる勝敗よりも「良い将棋を指そう」「良い一手を追求しよう」と内容を重視する姿勢だ。

 羽生さんが毎年タイトル戦に出ていた頃、対戦相手の得意戦法を自分から指すことがよくあった。相手の得意な領域に自ら踏み込んで行くというのは相当勇気がいることだし、そもそも相手が勝ち方を十分に知っている戦法を選べば、羽生さんにとっては対局が不利になる可能性が高くなる。

 将棋の理論= 棋理(きり)の追究、新しいことへのチャレンジ精神が、羽生さんの将棋の中心には間違いなくあって「こうしたら、どうなるのか」という探求心が散りばめられている。視野が広く、「こういう手を指してはいけない」という先入観も少ないのか、常識にとらわれない発想が多い。対局の際、立会人を確認して、その立会人の得意戦法を選んでいる、と言われていたことさえある。

 羽生さんは少し悪くなっても逆転勝ちできるだけの力があったので、新しい形を実戦の中で探求し、自らの糧にしていたのだと思う。真剣勝負の場で、自分で指してみることからしか得られない勝ち負けよりも大事な発見や学びがある、と考えていたのだろう。

 現在ならばAIを使って調べることが可能だが、それがなかった時代だ。実戦で試す必要があったという事情もあったと思う。かつては、羽生さんに限らずトップに立った棋士にとって「教師の不在」がひとつの課題だった。自分以上の棋士、自分以上に将棋を理解している人間がいないからだ。