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「こんな手があったんですよ」うれしそうに語る藤井聡太さんの姿が、小学生時代の羽生善治さんと重なって見えた

「こんな手があったんですよ」うれしそうに語る藤井聡太さんの姿が、小学生時代の羽生善治さんと重なって見えた

『超進化論 藤井聡太』より #4

2023/11/21
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29連勝という偉大な記録達成の源にあるのは…

 今はどんな戦法でもAIが短時間で、しかも、完全解ではないにしろ人間よりも遥かに高い精度で答えを導き出してくれる。答えがあれば、新人棋士でもベテランでも悩まず勉強できる。ある意味では良い時代になったとも言えるだろう。

 ふと、七冠を独占し名実ともに棋界の頂点に立っていた頃の羽生さんは、「一体何を手本にして研究し学んでいたのだろう」と思うことがある。

 藤井さんにも、この羽生さんのような視点がある。

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 勝ち負けを超え、あえて相手の得意な形に踏み込むことを厭わない。それが見えたのが、2016年12月24日のプロデビュー戦、相手は加藤一ひ二ふ三み先生だった。この対局で、藤井さんは加藤先生の得意戦法である矢倉を選んで、真っ向勝負を挑んだ。当時の思いをこう振り返っている。

《せっかくなので自分も矢倉で思い切りぶつかりたいと思い、「相矢倉」の形になりました》(著書『考えて、考えて、考える』より)

 このデビュー戦で、加藤先生に堂々勝利した藤井さんは、そこから29連勝を達成することになる。この偉大な記録達成の源には、目先の勝利のみを求めない姿勢があったのだ。

勝ち負けよりも将棋への好奇心

 視野の広さや先入観の少なさ、常識にとらわれない柔軟な発想力も羽生さんと重なる。AIでの研究に膨大な時間と労力を割きながら、さらにその先―AIが推奨しない手でも、「果たして本当にそうなのか」と自分の目や感覚で確かめているかのような手を指すこともある。相手の得意な形や戦法でも避けることなく、勇気を持って未知の局面を切り開いていくチャレンジ精神は、盤上におけるふたりの姿勢に共通している。

 藤井さんも、勝ち負けというよりも、将棋への好奇心、一手への探求心、さらに言うならば、将棋の本質へ迫ろうとするような純粋な思いを感じるのだ。

溢れ出る向上心、探究心に感心

 将棋が本当に好き、という点も共通点だ。

 2022年、第5回ABEMAトーナメントで藤井さん率いる“チーム藤井”の一員となったとき、収録の合間に藤井さんと食事に行くことがあった。

 頼んだ料理を待っている間、藤井さんは今指した対局の解析結果をスマホに表示して「こんな手があったんですよ」とうれしそうに見せてくれた。画面を覗くと確かに妙手順だったが、いくら藤井さんといえども、短い持ち時間でその手は難しいでしょう、と言いたくなるような手順だ。料理が運ばれてきても、その解析結果について熱心に、そして楽しそうに語り続けていた。

 なんという向上心、探究心なのだろうと感心した。

 注文した料理を待ちながら、楽しそうに将棋の話をしている藤井さんは、小学生だった奨励会の帰り道、寄り道したファミリーレストランでの羽生さんの姿に、どこか重なって見えた。

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