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 だが、2013年に習近平政権が成立すると、まずは国外に逃亡した汚職官僚に対して、親族を実質的な人質にとって帰国を強要するなど徹底的な追い込みをかける猟狐活動(キツネ狩り作戦)が開始された。

 同じく海外に在住する反体制派に対しても、露骨な恫喝や分断工作がおこなわれるようになり、攻撃は徐々にエスカレートしていった。

 蘇雨桐が受けた被害も、その一環であろうと思われた。

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犯人の正体は…

 ところで、彼女に対する嫌がらせ犯の素性はすでに明らかになっている。

 犯人の正体は、なんと中国国内における「弱者」であった。

「名前はエルシン・エルキン(中国語では伊力森・艾尓肯:Yilisen Aierken)。新疆ウイグル自治区出身の、カザフ族の難民の男です」

 新疆の少数民族問題は、1000万人以上の人口を持つウイグル族が注目されがちだ。しかし、同じテュルク系のムスリムである人口150万人ほどのカザフ族も同様の迫害を受けている。2018年には強制収容所行きを逃れたカザフ族の女性、サイラグル・サウトバイが海外に亡命し、弾圧の詳細な実態を暴露して国際ニュースになった。

脅迫犯である工作員のエルシン。彼は末端の人員であり、人材のレベルは極めて低い。

 蘇雨桐を脅迫したエルシンは、25歳前後の若者だった。彼の名前をインターネットで調べると、亡命後に報じられた西側メディアの記事がいくつも見つかる。

「おそらく生活苦から、中国側に買収された」

 いわく、2019年に新疆を命がけで脱出してカザフスタン経由でウクライナまで逃げた話、亡命が受け入れられないことで中国に強制送還される恐怖を訴える話、それでも自由の地にやってきた喜びを口にして中国の体制を批判する話、コロナ禍による難民の困窮を伝える話──。

 だが、2022年2月にロシア軍による侵攻を受けたウクライナを離れ、ポーランド国境まで逃げ延びたことを伝える報道を最後に、エルシンについて公の情報は途絶える。

 それから数カ月後、彼が再び姿を見せたのはポーランドの西の隣国であるドイツだった。しかも、かつて決別したはずの中国当局の尖兵になり、反体制派の在外中国人に対する「殺し屋」として現れたのだった。