「それまでは私も、報道を見て気の毒な亡命者がいると思っていたんです。しかし、エルシンはおそらく生活苦から、中国側に買収された」
蘇雨桐は話す。ちなみに新疆では、少数民族に対する同化政策として中国語教育が盛んにおこなわれているため、若い世代であればカザフ族でも中国語を流暢に話せる。当然、テレグラムを使って脅迫メッセージを送ることもできる。
ちなみに、エルシンは蘇雨桐のほかに、オランダに住む21歳の亡命中国人活動家の王靖渝にも殺害予告を繰り返していた。エルシンは彼にこう言ったという。
「貴様(=王靖渝)を血祭りにあげて、蘇雨桐をレイプして殺せば、中国政府が俺をロシア経由で安全に故郷に送ってくれる。仕事の褒美として、故郷で結婚相手と自動車をあてがってやると言われたんだ」
黒幕の存在も明らかに
もっとも、過酷な亡命生活に耐えかねて当局の飼い犬になったエルシン自身も、精神的に不安定な状態にあるようだった。蘇雨桐は言う。
「ある夜、錯乱したエルシンがメッセージを送ってきた。麻薬を濫用しているらしく、精神的に消耗している印象でした。そこで彼を挑発して経済力を自慢させるよう仕向けたんです。すると『俺は生活に困っていない!』『中国共産党が俺に送ったカネだ!』と、なんとウェブマネーの受領画面のスクリーンショットを送信してきました」
保存した画像を見せてもらう。金額はUSDT建ての3432テザー(約52万円。USDTはレートが米ドルと連動した仮想通貨)で、受領の日付は2022年12月2日。振込み元はZhang Ran(張髯)という人物だった。
結果、この軽率な行動によって背後の命令者の存在が判明する。わざわざアシがつきにくい仮想通貨で工作資金を送ったはずなのに、実行犯であるカザフ族難民・エルシンの人材の質が低すぎたことで、実態が明るみに出てしまったのだ。