1ページ目から読む
2/3ページ目

 どのバンド、どのミュージシャンの演奏よりも強大に揚力を奔流させ、観客を巻き込み、多様性に富む芳醇でグラマラスなステージだった。圧倒されたのは7万人超の観衆、参加した全ミュージシャンだけではない。一説によると、80ヵ国以上に衛星生中継され、10億人以上の視聴者の目や耳を奪った。

 イギリス会場のウェンブリー・スタジアムでラストのポール・マッカートニーの前に、フレディの歌とブライアンのギターだけで奏でられた「悲しい世界」は、偶然とは言え、「ライヴ・エイド」のために作られた曲のようであり、「これが我々が創り出した世界なのか?」という歌詞が世界中に内省を促した。

 後年、ネットの動画で見てクイーンのステージ同様に驚いたのが、出演者全員によるフィナーレの「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?」だった。 

ADVERTISEMENT

ポール・マッカートニーにマイクを譲り…

 歌い出しはデヴィッド・ボウイ。と、フレディが乗りに乗って、手拍子も軽やかにステージ上にいるではないか。ポール・マッカートニー、U2のボノと並んでいる。ポールが力強く歌いあげようと左のこぶしを挙げる。

 これがフレディを追い払うアッパーカットのようにも見え、マイクに顔を近づけていたフレディがパンチを逃れようとするかのごとくさっと顔を引っ込めて少し離れて歌う。ボクシングはお手のものだ。

 意気揚々としているから色めき立つこともなく、そのままわいわいと歌っている。「悲しい世界」のステージでクイーンの担当がポールのマイクを外してしまったらしく、ポールが歌う「レット・イット・ビー」の冒頭約1分50秒間、声がよく聴こえなかったのだ。ポールが左手を掲げたのは、その不快感の表れだったのか。

「ライヴ・エイド」当日のスタジアム内部。ウェンブリーに集まった約7万2000人の観衆が熱狂した ©getty

 しかし、最後には、ポールと背中に互いに手を回し、笑顔をこぼしあっていた。マイクは握らない段取りだったかもしれないが、フレディがステージでマイクも握らないで歌っているシーンは空前絶後だろう。まるでバックコーラスである。ポールと並んでいるのも見たことがない。貴重な場面だ。

 ライヴ・エイドは図らずもクイーンのためにあった好機だったと言っても過言ではあるまい。