2022年6月の選挙で東京・杉並区長となった岸本聡子氏の選挙戦に密着したドキュメンタリー『映画 〇月〇日、区長になる女。』が公開中。わずか187票差で現職区長を破った、ギリギリの勝利をもたらしたものは何か。ジャーナリスト相澤冬樹氏激押しの一本!
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昔ながらの街並みを守るためには、区長を替えるしかない
ちょっと、なんで私が立ち退かなきゃいけないの。都市計画道路? 知らないわよ。いつ決まったの? 70年前! そんなゾンビみたいな道路のせいで住み慣れた街を壊されるっていうの? 冗談じゃないわよ。
住民の素朴な“怒り”が杉並で初の女性区長を生み出す原動力となった。それが映画冒頭からわかりやすく描かれている。
演劇ユニット『ブス会*』を主宰する劇作家のペヤンヌマキさんは、東京・杉並区のアパートで猫や亀と穏やかな日々を送っていた。人口57万人、商店街も充実する都市部でありながら、巨木が育ち川がせせらぐ自然豊かな環境にひかれ住み続けて20年。ある日、かかりつけの診療所に行ったら壁に張り紙がある。「都市計画道路により当診療所が存続できなくなります」って、なにそれ。かかりつけ医がいなくなったら困るじゃない。
気になって調べてみると、何と自分が住むアパートも道路建設により立ち退き対象になっていた。ここ阿佐ヶ谷でも西荻窪でも高円寺でも、杉並区のあちこちで同様に住宅地を貫く大規模な都市計画道路が予定され、昔ながらの街並みが壊されようとしている。現職の区長は、懸念を示す区議会議員の質問中にいねむりをする有様。住民の声に耳を貸さず計画を強行する構えだ。こうなったらもう区長を替えるしかない!
区に縁もゆかりもない岸本氏に白羽の矢が立ったわけ
というわけで有志による『住民思いの杉並区長をつくる会』が結成。ペヤンヌマキさんも参加した。ところが肝心の区長候補が見つからない。試行錯誤の末、白羽の矢が立ったのが岸本聡子さん(当時47)だった。20代で渡欧し、民営化された公共サービスを住民の手に取り戻す“再公営化”を国際政策シンクタンクで研究。21年ぶりに帰国した直後『つくる会』の出馬要請を受け、1週間考えた末、立候補を決意した。選挙のわずか2か月前のこと。スペインで住宅を追われる人の支援活動のさなかに逮捕された女性が、後にバルセロナ市長になり、「こういう人が政治家になると世の中が180度変わる」と感じたことが大きかったという。