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左翼も右翼も警察もヤクザもターローメン

 史明は早稲田留学時代から、作家の武者小路実篤と深い交誼を続け、武者小路は『台湾人四百年史』の題字を揮毫したほか『新珍味』にも名物のあんかけラーメン「大滷麵(ターローメン)」を食べに立ち寄った。店には武者小路、佐藤春夫、石川淳、開高健ら作家のほか、台湾独立運動に共鳴する台湾人たち、日本赤軍、国鉄労働組合(国労)の幹部といった反権力の左翼人士まで集い、日夜、怪気炎を上げていたという。台湾政府の情報工作員も、史明に揺さぶりをかけて帰国させるために客を装って出没した。

 左翼だけでなく右翼も常連で、史明は戦前、五・一五事件で犬養毅首相を暗殺した国家主義者の元海軍中尉・三上卓と交流があり、三上は戦後、野村秋介ら弟子たちを連れては「彼らに少し、食わせてやってくれ」などと頼んだらしい。

 昼はギョウザを焼き、夜は左翼や右翼の過激な連中と杯を酌み交わす史明は傍目にも怪しく、公安の監視対象だったことは疑いない。事実、公安調査庁初代長官の藤井五一郎、内閣安全保障室(現・内閣官房国家安全保障局)初代室長の佐々淳行も『新珍味』を訪れ、日本がいかにして台湾や中国と関わっていくべきかといった観点から史明と“意見交換”をした。

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『新珍味』3階で革命勉強会を主宰する史明 ©独立台湾会/史明教育基金会 

 池袋西口の顔役で、華人社会に精通する史明は警察も一目置く存在で、池袋警察署の署長は就任のたびに挨拶に来たという。

 同時に史明は、地元ヤクザとの義理も欠かさず、池袋西口を縄張りにしていた指定暴力団の極東関口会(現・極東会)に長年、樽酒を差し入れ、顔なじみのヤクザたちは『新珍味』の常連になった。「うまい酒を飲み、うまいメシを食っている時は、左も右も警察もヤクザも関係ない。そこが面白いじゃないか」と屈託なく語っていた。

「東京新珍味史明記念館」の解説文は中国語と日本語の併記で時代背景や史明の活動が理解しやすい。だが定員5人の狭小な空間なので常時開放することは不可能。当面は不定期に予約制見学会を開催し内部を公開するという。(Su Beng-史明文物館:https://www.facebook.com/profile.php?id=100045141427049

記念館見学の順番を待つ台湾人たち ©田中淳

「史明おじさんの精神を受け継いでいく」

 史明と深い交流のあった蔡英文総統は12月10日、「東京新珍味史明記念館」オープンに寄せた台湾語ビデオメッセージで次のように語った。

「生前の史明おじさんとは春節(旧正月)によく、食事を共にしながら語らい、大いに励まされたことを思い出します。台湾と日本の双方に史明おじさんの記念館ができました。彼が台湾のために奮闘した精神は、今後も永遠に受け継がれるべきもの。よく知られているとおり彼は『新珍味』で、早朝から麺を打ち、夜は執筆にいそしんでいました。台湾人が進むべき道は当時も今も長くデコボコしていますが、われわれは民主と自由を守るために、その道を歩み続けなければならないのです」