「ニコラ」を見て読者モデルに応募
ーー小学5年生から6年生にかけて「ニコ☆プチ」の読者モデルを務めていますが、なにがきっかけとなってモデルに興味を抱いたのでしょう。空手一本な日々とは相反しすぎる世界ですが。
宮原 そうなんですよ(笑)。空手を始めるときにダンスをやめたって話しましたけど、やめたあともダンス教室の先輩のお姉ちゃんと仲良くしてもらってたんです。で、そのお姉ちゃんがいっつもおしゃれだったんで、「なんで、いつもかわいい服着てるの?」って聞いたら「これ見て、かわいい服選んでる」と「ニコラ」を渡されて。表紙もキラキラしてて、ページをめくったらもっとキラキラしてて「うわ、かわいい!」って。
そうしたら、そのお姉ちゃんが「華音ちゃんはでかいからモデルになれるよ」って言ってくれて、「身長高かったら、こんなかわいい服着れるんだ」みたいな。空手と同じで、勘違いからモデルになりたいなって。でも、どこかで身長が高いからできることのひとつとしても捉えていたんです。高身長ならバレーボール、バスケ、モデル、みたいな考えもありましたね。あと、私を「でかのん」って呼んでる男の子たちを見返したいって気持ちもありましたね。
で、「ニコ☆プチ」が始まったぐらいで小学生の読者モデルを募集してて、「どうかな」って応募してみたんです。
モデルでも負けずきらいを発揮
ーーそれまで、服に興味は。
宮原 毎日、ジャージでした。小学生の時は、スカートをほぼ穿いたことないですね。ちょっと舐められたくないっていうのもあったので(笑)。なんか、“ぶりっこ”してるみたいなのが嫌だったんですよ。「ぶりっこだ」とか言われるのが。
だから、「かわいい」とされるものに興味がなくて、ディズニーとかもすごく行きたいとかなかったし。「好きな色は青です。黒です。ピンクなんて」って感じで。まぁ、いま思えば興味のないふりをしてたとこもありましたね。
でも、小学校高学年ぐらいからモデルになりたかったので。そこから、ちょっと服が好きになったかなっていう。
ーーお話を伺っていると、凄まじいレベルの負けず嫌いですよね。「ニコ☆プチ」の読者モデルでも、負けず嫌いを発揮したのでしょうか。
宮原 読者モデルから専属モデルになれる子たちがいたんですよ。読者モデルからカリスマ読者モデル、そこから専属モデルっていう。
私はそうなれなかったんですよ。それが悔しくて、悔しくて。読者モデルからスタートしてそこまで行く子がいるのに、自分はここ止まりだったっていうのが悔しくて。「もう、このままじゃ終われないな」って燃えまくりました。
撮影=三宅史郎/文藝春秋